小説むすび | 著者 : 松永美穂

著者 : 松永美穂

その子どもはなぜ、おかゆのなかで煮えているのかその子どもはなぜ、おかゆのなかで煮えているのか

「地獄は天国の裏にある。」 祖国ルーマニアの圧政を逃れ、サーカス団を転々としながら放浪生活を送る、一家の末っ子であるわたし。ピエロの父さんに叩かれながら、曲芸師の母さんが演技中に転落死してしまうのではないかといつも心配している。そんな時に姉さんが話してくれるのが、「おかゆのなかで煮えている子ども」のメルヒェン。やがて優しいシュナイダーおじさんがやってきて、わたしと姉さんは山奥の施設へと連れて行かれるのだったがーー。 世界16カ国で翻訳、伝説の作家が唯一残した自伝的傑作が、ついに邦訳! ドイツ文学史上最も強烈な個性。--南ドイツ新聞 まさに綱渡り芸を、息をのんで下から見守っているかのよう。--ペーター・ビクセル ◎アグラヤ・ヴェテラニー(Aglaja Veteranyi) 1962年、ルーマニアの首都ブカレストでサーカス家庭に生まれる。67年に亡命し、77年にスイスのチューリヒに定住するまで、サーカス興行のために各地をめぐる生活を送る。定住後にドイツ語を学び、俳優として活躍するほか、実験的文学グループ「Die Wortpumpe」を共同で設立し、新聞や雑誌に多数の記事を寄稿。1998年にベルリン文学コロキウムの助成金を受ける。1999年に初小説『その子どもはなぜ、おかゆのなかで煮えているのか』を出版し、シャミッソー賞奨励賞、ベルリン芸術賞奨励賞を受賞。2002年2月の早朝にチューリヒ湖で自死。 ◎松永美穂(まつなが・みほ) ドイツ文学者・翻訳家。早稲田大学文学学術院教授。シュリンク『朗読者』で毎日出版文化賞特別賞受賞。他の訳書にシュピリ『アルプスの少女ハイジ』、ヘッセ『車輪の下で』、バッハマン『三十歳』、シュテファン『才女の運命』、ティム『ぼくの兄の場合』、シュタム『誰もいないホテルで』等。著書に『世界中の翻訳者に愛される場所』等。

ぼくの兄の場合ぼくの兄の場合

16歳年上の兄カール・ハインツは、ヒトラーユーゲントの教育に染まり、武装親衛隊のエリート部隊である「髑髏師団」に入隊する。ハリコフ攻防戦やクルスクの戦いにも参加するが、戦闘中に両足に重傷を負い、切断を余儀なくされ、ウクライナの野戦病院で息を引き取った。第一次世界大戦に自ら志願して従軍し、第二次世界大戦でも戦った父は、兄を誇りに思い、その死を深く悔やむ。いっぽう母は、息子が戦争犯罪に加担しなかったと固く信じながら、戦地から届いた兄の遺品を、半世紀にわたり化粧台に入れて大切に保管していた。兄より年長の姉は、娘である自分が兄ほど父に愛されなかったことを自覚しつつ、それでもやはり自分は父に愛されていたと信じようとする。兄の遺した日記や手紙を読みながら、著者は、戦争の記憶をほとんどもたない自身の半生、さらには両親や姉の人生を振り返る。ナチズムと国家による暴力、戦時下の小市民の生活について、短いテクストの集積で語りつつ、読む者に深い問いを投げかける。

このエントリーをはてなブックマークに追加
TOP