著者 : 栩木伸明
1800年代後半、のちに『吸血鬼ドラキュラ』を生み出すことになる若きブラム・ストーカーは、人気俳優であり劇場経営者でもあったヘンリー・アーヴィングに雇われ、ライシアム劇場の支配人となっていた。仕事に忙殺される慌ただしい毎日だったが、ストーカーの無意識の中で『吸血鬼ドラキュラ』の小説が形をなしていくにつれ、ドラキュラの存在が影絵の芝居のように現実に影を落とし始める。劇場では、ジョナサン・ハーカーという名前の男が働き、屋根裏にはミナという名の幽霊が出る…。アイリッシュ・ブックアワード受賞。ストーカー、アーヴィング、そして一座に加わった名優エレン・テリー。個性的な三人の人生を、虚実織り交ぜたドラマティックな筆致で描く『吸血鬼ドラキュラ』誕生秘話。
2016年に逝去した名匠、最後の短篇集。妻の死を受け入れられない男と未亡人暮らしを楽しもうとする女、それぞれの人生が交錯する「ミセス・クラスソープ」、一人の男を愛した幼馴染の女二人が再会する「カフェ・ダライアで」、ストーカー話が被害者と加害者の立場から巧みに描かれる「世間話」、記憶障害をもった絵画修復士が町をさまよい一人の娼婦と出会って生まれる奇跡「ジョットの天使たち」など、ストーリーテリングの妙味と人間観察の精細さが頂点に達した全10篇収録。
教師の夫を突然亡くしたアイルランドの専業主婦、ノーラ・ウェブスター、46歳。娘二人はすでに家を離れたが、息子二人はまだ手のかかる年頃だ。事務員として21年ぶりに復職したノーラは、かつての同僚の嫌がらせにもめげず、確かな仕事ぶりで足場を築いてゆく。娘たちには煙たがられ、息子たちともぶつかりがちだが、ひとが思うほど頑固で気難しいわけではない。髪を染め、組合活動に共鳴し、一大決心をしてステレオを買い、やがては歌の才能まで花開かせる。自分を立て直し、新たな生きる歓びを見出してゆくノーラの3年。丹念に描かれた日常生活の細部を辿るうち、思いがけない大きな感動が押し寄せる。アイルランドを代表する作家が母の姿を投影した自伝的長篇。
施設に収容されたメアリー・ルイーズの耳には、今もロシアの小説を朗読する青年の声が聞こえているー夫がいながら生涯秘められた恋の記憶に生きる女の物語「ツルゲーネフを読む声」。ミラノへ向かう列車内で爆弾テロに遭った小説家ミセス・デラハンティは同じ被害者の老人と青年と少女を自宅に招き共同生活を始める。やがて彼女は心に傷を負った人々の中に驚くべき真相を見いだしていく…「ウンブリアのわたしの家」。ともに熟年の女性を主人公にした、深い感銘と静かな衝撃をもたらす傑作中篇2作を収録。
めくるめく神秘と幻想に満ちたアイルランドの妖精世界へ。ノーベル賞詩人イェイツ(1865-1939)による世紀末の連作「赤毛のハンラハン物語」を初邦訳。同時代の詩集『葦間の風』から物語に響き合う精選18篇を新訳。
母マリアによるもう一つのイエス伝。カナの婚礼で、ゴルゴタの丘で、マリアは何を見たか。「聖母」ではなく人の子の「母」としてのマリアを描くブッカー賞候補となった美しく果敢な独白小説。