著者 : 秋元由紀子
その男は、約束の12時を過ぎてから、ジュリアの前に悠然と現れた。彼女の疎遠の父が遺言を託した相手ーイタリア大富豪のランド。父は愛人の存在を公言して母を苦しめ、ジュリアが赤ん坊のとき離婚した。どれだけ貧しかろうと、父の遺産など受け取りたくはなかったけれど、乳がんを患った母のために、なんとしても治療費を工面したい…。最愛の母を助けたい一心で、ランドに連絡をとり、こうして会いに来たが、彼の圧倒的な男らしさと人目を引く顔立ちに、彼女は思わず息をのんだ。しかし、一方のランドは瞳に軽蔑の色を浮かべ、ジュリアに言い放った。「きみは亡くなった父親のことさえ気にしない女だ」彼は私を、見舞いにも来ずに遺産は受け取る悪女と思っているんだわ!
「君に会いたいんだ、テス」ニックからの意味深な電話に、テスは心底動揺した。プレイボーイで実業家のニックとはかつて一度だけ、情熱が燃えさかるような夜をわかちあった。だがその後、やはり仕事だけの関係でいようと突き放されたのだ。それが、どうして今ごろになって?いぶかるテスの脳裏に、ある恐ろしい疑念が浮かんだ。まさかニックは知ってしまったのだろうかー私が彼に知らせぬまま、ひそかに子供を産んだことを。
ヘレンはこの3年半、親友デリアが密かに産んだ赤ん坊の面倒を見ている。親友からの連絡が途絶えて1カ月、不安が頭をもたげ始めたとき、デリアの大富豪の兄ー巨万の富を誇るギリシア人銀行家、レオン・アリスティデスが現れた。妹の訃報と遺言をたずさえて。そして、妹の遺児を二人で育てるためヘレンに結婚をもちかけてきた。ヘレンは事故で両親を失い、後遺症のせいで妊娠は望めない。レオンとの結婚に同意しなければ、たった一人の家族とも呼べる赤ん坊のニコラスを取り上げられてしまうのだ。やむなく承諾したヘレンはしかし、レオンの魅力に抗えず純潔を捧げたあと、彼の冷たい企みを知って…。
年上の富豪キアに想いを寄せていた18歳のホープは、ある日、彼女の継父とキアの信じがたい話を立ち聞きしてしまう。キアが継父の会社を買収することになり、その見返りとして、継父はホープを差しだす提案をしたのだ。それに対してキアは、ホープは欲しいが妻に迎える気はさらさらない、と拒絶した。深く傷ついたホープは、翌日逃げるように家を出た。4年後、ホープが働く宝石店に突然キアが現れた。キアは臆面もなく彼女に4年間の空白を埋めるよう迫り、彼を忘れられなかったホープは一夜だけと誓い純潔を捧げてしまう。キアのもとを去った彼女だったが、ほどなく妊娠に気づき…。
エミリーは名門モンテイロ家の屋敷の家政婦だった。秘かに憧れていた当主のデュアルテから突然求婚されたとき、彼女は天にも昇る心地でイエスと言った。だがじきにエミリーは、夫には前妻がいたことを知る。さらに、ポルトガルの本邸に移った彼女を待っていたのは、屋敷中に飾られた前妻の肖像画と、前妻の母親の憎悪ー。孤独と惨めさに打ちのめされていたある日、エミリーは夫からあらぬ不貞の疑いをかけられてしまう。もう耐えられない。エミリーはイギリスに逃げ帰った。夫に妊娠したことも告げず、その子と二人で生きていくつもりで。