著者 : 舟橋聖一
「森男を蒔子に近づける。…二人は現在でも抑制しつつ愛し合っている。その抑制を或る程度外してやれば、二人は近接し、密着し、融けあうだろう。」学生の岩永森男は、父の代から杉原産業の庇護を受けており、当主・康方とは親戚同然の間柄だった。しかし森男は、康方の若い妻・蒔子が気になって仕方がない。蒔子も森男を憎からず思っているらしい。一方で蒔子は、康方の先妻の存在に心を痛めていた。そこで康方は、蒔子を苦しめた自分への罰として、森男と蒔子の接近を甘受しようとする…。屈折し倒錯した三人の心理劇を見事に描き切った、第20回野間文芸賞受賞作品。
維子の敬愛する叔母・伊勢子は、軍需工場の社長でのちに政治家になる泉中紋哉の愛人だった。紋哉は、妻と別れて伊勢子と一緒になる、といいながら、一向に実行する気配がない。そのうち、伊勢子は和泉式部伝説の残る東北の温泉で自死してしまう。維子は紋哉に恨みを抱くが、同時に自分勝手で男くさい紋哉に次第に心惹かれていきー。伊勢子の日記に描かれていた過去と、やはり夫のある身で愛欲におぼれた和泉式部のそれを照らし合わせながら、維子の生き方を赤裸々に描いた、第5回毎日芸術賞受賞作品。
温泉芸者の子に生まれ、水商売の中で育った夏子。この宿命の絆を断ち切りたいと希いながらも外に道はなく、夏子は十五で芸者小夏となった。純情を捧げた初恋の教師に裏切られ、夏子は日ましに“女”になっていくー。若き日に色町に親しみ男女の情愛の機微を知る著者が戦後の脂の乗りきった時期に書き継ぎ、「夏子もの」として人気を博した連作小説の第一作。
和平交渉もととのい、秀吉は上機嫌で明国の使節を迎えた。だが、思いがけぬ障害で決裂、ふたたび出兵の決断を下した。しかし、国内には不満も多く、石田三成と徳川家康との間には、次第に溝が深まっていく。こうした内外の重苦しい空気を一掃すべく、秀吉は醍醐寺に多くの桜を植え、豪華な花見の宴を催す。その最中、秀吉は異様な音声とともに倒れた。
一代の英雄・秀吉が倒れた。彼の死後、家康と三成の確執が表面化し、関ケ原の決戦へ。絶対有利の西軍が敗れ、東軍の大勝利に終わる。秀頼は摂津・河内・和泉三カ国の領主に転落。家康の孫娘千姫が秀頼のもとに輿入れしたものの、家康と淀君・秀頼母子との対立は、天下を二分し、冬の陣へと突き進む。秀吉と彼をめぐる女たちの運命を描いた歴史巨編ついに完結。
三十五万石彦根藩主の子ではあるが、十四番目の末子だった井伊直弼は、わが身を埋木に擬し、住まいも「埋木舎」と称していた。「政治嫌い」を標榜しつつも、一代の才子長野主膳との親交を通して、曇りのない目で時代を見据えていた。しかし、絶世の美女たか女との出会い、それに思いがけず井伊家を継ぎ、幕府の要職に就くや、直弼の運命は急転していった…。
なぜ、広い世界に目を向けようとしないのか?-米国総領事ハリスの嘆きは、同時に井伊直弼の嘆きでもあった。もはや世界の趨勢を止めることはできない。徒らに攘夷を叫ぶことは、日本国自体を滅亡させることだった…。腹臣長野主膳、それに直弼の密偵として、また生涯を賭して愛を捧げたたか女を配し、維新前夜に生きた直弼の波瀾の生涯を描く、不朽の名作。
兄信長とお市御寮人は、14歳違いの兄妹である。共に信頼し合う最愛の2人だったが、お市が乞われて嫁いだ浅井長政と兄が対立し袂を分かった…。お市に恋焦がれる柴田勝家、妻帯の身でお市を狙う好色な豊臣秀吉。乱世を生きる男たちの権力と野望を縦糸に、美貌のお市と信長の、波瀾万丈の生涯を華麗に描く舟橋歴史ロマンの最高傑作。