著者 : 赤染晶子
あんた、きっとうまいこといくで。 あんパンとクリームパンしか売っていないパン屋の二階で、 初子さんは今日もひとりミシンを踏む。 文學界新人賞受賞デビュー作「初子さん」 傑作「うつつ・うつら」に 単行本初収録「まっ茶小路旅行店」を加えた 著者の原点となる小説集。 子供の頃、一枚の布が人のからだを待つ洋服となるのに魅せられ、洋裁の職人となった初子さん。夢を叶えたはずなのに、かわりばえしない毎日がどうして、こんなにこたえるのだろう。--「初子さん」 わて、実はパリジェンヌですねん。京都の古い劇場で赤い振袖姿で漫談をするマドモアゼル鶴子。彼女をおびやかすのは沈黙の客席か、階下の映画館から聞こえてくる女の悲鳴か、言葉を覚える九官鳥か。--「うつつ・うつら」 路地にある社員三人の旅行代理店に勤める咲嬉子は、世界中の危険を知りながら今日も世界平和を装う。旅の果てで出会うのは蜃気楼か。すりガラスの窓の向こうに見える日常が蜃気楼なのか。--「まっ茶小路旅行店」 生きることのままならなさを切実に、抜群のユーモアをもって描きだし、 言葉によって世界をかたちづくり、語りと現実のあわいを問う 『じゃむパンの日』の著者の原点にして、そのすべてが詰まった小説集。
ある外国語大学で流れた教授と女学生にまつわる黒い噂。乙女達が騒然とするなか、みか子はスピーチコンテストの課題『アンネの日記』のドイツ語のテキストの暗記に懸命になる。そこには、少女時代に読んだときは気づかなかったアンネの心の叫びが記されていた。やがて噂の真相も明らかとなり…。悲劇の少女アンネ・フランクと現代女性の奇跡の邂逅を描く、感動の芥川賞受賞作。
昭和最大のミステリー、グリコ・森永事件。その指名手配の絵、キツネ目の男が、事件から数年たった今も、わたし達をおびやかす。じゅうたん工場で働く女工たちの文字に託した思いを描く「恋もみじ」。家を出た奥さんになりかわった偽物の綾小路夫人の純情を描く「少女煙草」。破天荒な世界観とユーモアで紡ぐ、表題作ほか二篇。
壊されてはならない。大切な言葉を、本当の名前を。彼女の名は「マドモアゼル鶴子」、場末の劇場で受けない漫談を演っている。外から流れこむ映画のセリフが漫才を損ない、九官鳥がくりかえす言葉は意味を失い、芸人たちは壊れていくが、鶴子は…。文學界新人賞受賞作「初子さん」収録。