小説むすび | 著者 : 黒沢歩

著者 : 黒沢歩

一〇の国旗の下で 満洲に生きたラトヴィア人一〇の国旗の下で 満洲に生きたラトヴィア人

満洲に生まれ育ったラトヴィア人が描く グローバルな満洲史 ハルビンは十九世紀末の建都以来、およそ半世紀の間に、目まぐるしく支配者を替え、それとともに様々な民族が出入りし、多民族のるつぼが描き出す町の絵柄も変わっていった。そのすべてをハルビンに生きて自ら経験したからこそ、カッタイスは自分の上に「一〇の国旗」がはためくのを目撃するという歴史の稀有の証人になったのだった。(沼野充義) 満洲と呼ばれた、二度と繰り返されることのない地球のすばらしい一郭に運命に引き寄せられた中国人、ロシア人、日本人、朝鮮人、ユダヤ人、タタール人、ポーランド人、そしてラトヴィア人とが、寄り添うように生きた日々を書いたにすぎない。……下世話な話ばかりで真面目さに欠けると言われるなら、それも仕方があるまい、フランス語ならケセラセラと言うところだ。世界の波に揺られる人間の営みは、万事ろくでもない勘違いかもしれないのだから。(カッタイス「あとがきにかえて」より) ******** 【目次】 第一の旗 ブヘドゥ ハルビンへ 第二の旗の下 第三の旗 第四と第五の旗 第六と第七の旗 いざ進学 働きだす 清水学長の追放 日本の降伏 早くも第八の旗、ソ連軍にて 東洋経済学部 人生九番目の旗 あとがきにかえて ハルビンという民族のるつぼでーー二度と繰り返されることのない地球のすばらしい一郭 沼野充義 訳者あとがき 第一の旗 ブヘドゥ ハルビンへ 第二の旗の下 第三の旗 第四と第五の旗 第六と第七の旗 いざ進学 働きだす 清水学長の追放 日本の降伏 早くも第八の旗、ソ連軍にて 東洋経済学部 人生九番目の旗 あとがきにかえて ハルビンという民族のるつぼでーー二度と繰り返されることのない地球のすばらしい一郭 沼野充義 訳者あとがき

ソビエト・ミルクソビエト・ミルク

ラトヴィアは、医師全体に占める女医の比率(7割超)と教育機関における女性管理職の比率(8割超)で、OECD(経済協力開発機構)加盟国中でもトップの座にある。この物語の核をなす母親もまた、産婦人科医として生命の誕生に携わる現場に身をおいている。  ソビエト体制下の閉塞感に追い詰められていく母親は、出産直後の娘に乳を与えなかった。その傍らで祖父母は孫娘を養育しながら、密かに語り聞かせるーー「かつてラトヴィアという国があったのだよ」  「母」と「娘」という、名前の与えられていない二人の語り手は、交互にリレーをしながら繊細にたゆたう関係を紡ぎあい、それぞれの葛藤をひもといていく。そこにわずかに登場する男たちの存在感は、断片的なものにすぎない。そもそも生命と記憶は、母から娘へと継承されるものだというかのように。  物語にインパクトを与えるのが、キリストを思わせるイェセと正教会の聖人セラフィムにちなんだ名をもつ人物であり、いわばオーウェル『一九八四年』のウィンストン・スミスである。ソビエト時代の人々はまた、アメリカのカウンターカルチャー、ブレジネフの死、チェルノブイリの原発事故、そしてベルリンの壁崩壊という、20世紀後半をガタガタと揺るがした出来事を肌身で切実に感じとっていた。物語は極めて個人的な母娘の関係を軸としながら、「人生は生まれた時代と場所で決まる」という普遍性を兼ね備え、同時にラトヴィアの森や暮らしの匂いも漂わせる。  本作は、“We, Latvia, 20th century”をテーマに現代作家たちが取りかかった小説シリーズの一作である。2015年に出版されて本国で記録的なベストセラーとなった。著者は本作を、女医であった実の母に捧げるものであるとともに、もし自分が出産を経験していたならばこれを書くことはなかっただろうとも述べている。原題M?tes piensの直訳は、すばり『母乳』。(くろさわ・あゆみ 翻訳家)

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