出版社 : みすず書房
「脱北者」の三人には、亡命の過程で家族を失うという共通点があった。 ウォンギルはモンゴル砂漠で力尽きた妻を見捨てて娘を背負って逃げてきた。 トンベクは国境を越える直前に家族全員が目の前で公安警察に捕まるが、自分だけ助かった。 ヨンナムは別ルートで脱出した家族が中国で行方不明、人身売買グループの手に渡ったらしい。 やがてオリンピックの選手村建設予定地で、朝鮮戦争にさかのぼる大量の人骨が出土した……。 経済至上主義のなかで、脱北者たちのささやかな倫理感が崩れ落ちていく。北朝鮮出身の両親をもつ作家が韓国社会を凝視し、衝撃を放った小説。
白ネズミのエマラインがエミリの部屋の壁穴に越してきた。ふたり(?)の密やかな“文通”がはじまる。「私は誰でもない!-あなたは誰?」とエミリが書いた。エマラインは返事を出し、詩を書いてみた。おどろいたことに、それはエミリに新たなインスピレーションをあたえた。誰にも会わず、どこへも出かけないこの詩人に。…エマラインの目を通して、19世紀アメリカの偉大な詩人の魅力あふれる世界が、私たちのまえに開かれる。エミリの詩12篇はすべて長田弘の新訳。エマラインの詩7篇も“デビュー”する。
失業、貧困、明日への不安…ナチズムへ繋がる道を用意した暗い時代に、お金はちょっぴり、心配と希望はたっぷり抱え、懸命に生きる若夫婦の姿を描いた長編。
舞台は19世紀後半のアメリカ中西部。ネブラスカの大平原でともに子供時代を過ごしたこの物語の語り手「ぼく」と、ボヘミアから移住してきた少女アントニーア。「ぼく」はやがて大学へ進学し、アントニーアは女ひとり、娘を育てながら農婦として大地に根差した生き方を選ぶ。開拓時代の暮しや西部の壮大な自然をいきいきと描きながら、「女らしさ」の枠組みを超えて自立した生き方を見出していくアントニーアの姿を活写し、今なお読む者に強い印象を残す。著者のウィラ・キャザーは20世紀前半の米文学を代表する作家のひとりであり、その作風は後進のフィッツジェラルドなどに影響を与えた。アメリカで国民的文学として長く読み継がれてきた名作を親しみやすい新訳で贈る。
孤高の作家が生んだ比類なき、怒涛の長編。主人公フランツーヨーゼフ・ムーラウが両親と兄の死を告げる電報を受け取るローマの章「電報」と、主人公が葬儀のために訪れる故郷ヴォルフスエックを描く章「遺書」からなる本書は、反復と間接話法を多用した独特の文体で、読者を圧倒する。
南アフリカにおける人種差別、異文化の対立/和解を主題とした、デビュー作。『戦場のメリークリスマス』に連なる人間描写はここから始まった。本邦初訳。著者自身の体験に基づいた、個人の良心と道徳性を問う問題作であり、初期アパルトヘイトの歴史的記録であり、今日的意味の大きい作品である。
ワイマール共和国末期、頽廃的な空気に覆われたベルリンを舞台に、ファビアンというひとりの男の生活を通して時代と社会を痛烈に風刺しつつ、ひとつの真実を描いた本書は、1931年の初版刊行と同時に大きな反響を呼び起こした。深さよりは浅さを、鋭さよりは月並みを、曖昧さよりは明快さを大切にした、大胆なモラリストにして辛辣な風刺家ケストナー。その最高傑作とも評される長編小説を、初版から削除された章とあとがきとして考えられていた「ファビアンと道学者先生たち」「ファビアンと美学者先生たち」、さらに、戦後に書かれた二種類のまえがきを収めた初の完全版で贈る。
1940年、ベルリンの街はナチスの恐怖政治に凍りついていた。政治のごたごたに関わらないよう静かに暮らしていた職工長オットー。しかし一人息子の戦死の報せを受け取ったのち、彼と妻アンナは思いもかけぬ抵抗運動を開始する。ヒトラーを攻撃する匿名の葉書を公共の建物に置いて立ち去るのだ。この行為はたちまちゲシュタポの注意をひき、命懸けの追跡劇が始まる…。
人は誰も、自分や愛するひとの死を怖れ、死んだあとには何ものこらないのだろうか、という思いを抱えている。不思議な「視る」力をもった少女イゾベルを主人公に、その怖れを優しくぬぐい去るかのような幻想的な表題作は、早世した愛息への鎮魂の想いから生まれた。『秘密の花園』のコマドリ誕生に秘められたストーリーを南イングランドの四季の移り変わりのなかで綴ったエッセー、かのアンデルセンを思わせる童話、さらに、没後に少部数の特装本で出版され、アメリカ国内でも、今日読むことがほとんどかなわない遺作「庭にて」の三篇は、いずれも初邦訳。バーネットからの美しい贈りもの。
本書は私辞典である。一般の辞典が言葉の客観的な(と思われる)意味を主観的に記述しているのに対し、この辞典は言葉の主観的な(と確信する)意味を客観的に述べているので、特に「私辞典」と名付けた。
みずから望んで“ホームレスの猫”になったものの、この暮らしは容易でない。やはり、プライドを失わずに人間と共生する道を探そうか。理想の飼い主を求めて…。実話をもとにした、ユーモラスでほろ苦いお話。