出版社 : 岩波書店
「後篇」では、ドン・キホーテの狂気は大きく様変わりする。もはや彼は、自らの狂気に欺かれることはない。旅篭は城ではなく旅篭に見え、田舎娘は粗野で醜い娘でしかない。ここにいるのは、現実との相克に悩み思案する、懐疑的なドン・キホーテである。
十六、七世紀スペインの片田舎で、意気軒昴たるドン・キホーテが「冒険」を演じているとき、そこには、実は何ひとつ非日常的なことは起こっていない。彼の狂気が、けだるく弛緩した田舎の現実を勇壮な「現実」に変え、目覚ましい「冒険」を現出させる。
ひとかけらのマドレーヌを口にしたとたん全身につたわる歓びの戦慄ー記憶の水中花が開き浮かびあがる、サンザシの香り、鐘の音、コンブレーでの幼い日々。重層する世界の奥へいざなう、精確清新な訳文。プルーストが目にした当時の図版を多数収録。
『薔薇の名前』で世界の読者を魅了したウンベルト・エーコが、ふたたび中世を舞台に放つ物語。神聖ローマ皇帝フリードリヒ・バルバロッサに気に入られて養子となった農民の子バウドリーノが語りだす数奇な生涯とは…。言語の才に恵まれ、語る嘘がことごとく真実となってしまうバウドリーノの、西洋と東洋をまたにかけた冒険が始まる。
今こそ聖なる杯グラダーレを返還するために司祭ヨハネの王国への道を切り開くのだ!-皇帝ひきいる軍勢とともに、バウドリーノと仲間たちはいよいよ東方への旅に乗り出すが、待ち受けていたのは思いもかけない運命だった。史実と伝説とファンタジーを絶妙に織りまぜて、エーコが遊びごころたっぷりに描きだす破天荒なピカレスク・ロマン。
その名も高きドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャとその従士サンチョ・パンサ、例によって思い込みで漕刑囚たちを救ったあげく、逆に彼らに袋だたきにされ、身ぐるみはがれる散々な目に。主従はお上の手の者の目を逃れ、シエラ・モレーナの山中に。
騎士道本を読み過ぎて妄想にとらわれ、古ぼけた甲胄に身を固め、やせ馬ロシナンテに跨って旅に出る。その時代錯誤と肉体的脆弱さで、行く先々で嘲笑の的となるが…。登場する誰も彼もがとめどもなく饒舌な、セルバンテス(一五四七ー一六一六)の代表作。
町外れの砂原に建つ“緑の家”、中世を思わせる生活が営まれている密林の中の修道院、石器時代そのままの世界が残るインディオの集落…。豊饒な想像力と現実描写で、小説の面白さ、醍醐味を十二分に味わわせてくれる、現代ラテンアメリカ文学の傑作。
“緑の家”を建てる盲目のハープ弾き、スラム街の不良たち、インディオを手下に従えて他部族の略奪を繰り返す日本人…。ペルー沿岸部の砂の町とアマゾン奥地の密林を舞台に、様々な人間たちの姿と現実を浮かび上がらせる、バルガス=リョサの代表作。
大学紛争が激化した一九六〇年代の終り、謎多き人生を過ごしてきた自動車整備工・雪森厚夫は、スケート場で出会った女子大生・池端和香子に恋心を抱く。T大紛争を巡る混乱の中で、心病む和香子は闘争の有効性に疑問を持ちながら、Y講堂にも出入りする。急接近した二人は六九年二月、冬の北海道への初の旅に出た。帰京した二人は、新幹線爆破事件の容疑者として逮捕される。予期せぬ罠にはめられた二人の孤独な闘いが始まる。
第一審で死刑と無期懲役の判決を受けた二人にとって、冤罪の汚名を雪ぐことは決して容易ではない。しかし青年弁護士阿久津は献身的な弁護活動で、二人のアリバイを立証しようとする。厚夫は、未決の死刑囚として拘置所で日々を過ごす。人生の長き時を閉ざされた監獄の中で過ごした意味とは何だったのか。厚夫は我が罪を問い続ける。そして二審判決はー。人間にとって魂の救済と愛の意味を問い続ける感動の長編小説。
全篇ことごとく神仙、狐、鬼、化け物、不思議な人間に関する話。中国・清初の作家蒲松齢(一六四〇-一七一五)が民間伝承から取材、豊かな空想力と古典籍の教養を駆使した巧みな構成で、怪異の世界と人間の世界を交錯させながら写実的な小説にまさる「人間性」を見事に表現した中国怪異小説の傑作。九二篇を精選。
愛する妻の貞節を信じ切れない夫は試しに妻を誘惑してみてくれと親友に頼みこむが…。突飛な話の発端から、読む者をぐいぐいと作者の仕掛けた物語の網の目の中に引きずりこんでゆくこの「愚かな物好きの話」など四篇を精選。『ドン・キホーテ』の作者(一五四七ー一六一六)がまた並々ならぬ短篇の名手であることを如実にあかす傑作集。
胸に赤いAの文字を付け、罪の子を抱いて処刑のさらし台に立つ女。告白と悔悛を説く青年牧師の苦悩…。厳格な規律に縛られた一七世紀ボストンの清教徒社会に起こった姦通事件を題材として人間心理の陰翳に鋭いメスを入れながら、自由とは、罪とは何かを追求した傑作。有名な序文「税関」を加え、待望の新訳で送る完全版。
誰からも愛されることなく、「ひねくれて」育ったメアリは、荒涼としたムアに建つ屋敷で、うち捨てられた「庭」に出会った。彼女は、従兄弟のコリン、友人ディコンとともにその「庭」を美しい「花園」へと甦らせていく…。作家梨木香歩が「庭」とともにたくましく甦る生命のプロセスに寄り添い、名作の世界を案内する。
「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」-詩才を惜しまれながらわずか一九歳で世を去った知里幸惠。このアイヌの一少女が、アイヌ民族のあいだで口伝えに謡い継がれてきたユーカラの中から神謡一三篇を選び、ローマ字で音を起し、それに平易で洗練された日本語訳を付して編んだのが本書である。
『スケッチ・ブック』『アルハンブラ物語』とならぶ、W・アーヴィング(1783-1859)の傑作。ブレイスブリッジ邸での婚儀に招かれた語り手が、邸に集う人びとの様々な姿や悲喜こもごもの出来事を丹念に見聞きして語る。英国の牧歌的な風景と伝統的な風俗風習を背景に展開する秀逸な作品。本邦初訳。(イラスト=R・コールデコット) ブレイスブリッジ邸へ 忙しい男 邸宅の召使い 未亡人 恋人たち 家に伝わるもの 老兵 未亡人のお供 即金ジャック 独身男 文学の好古家 農家 馬術 愛の兆し 鷹の訓練 鷹狩り 占い 恋の呪い 独身男の告白 ジプシー 村の名士たち 校長先生 村の学校 村の政治屋 ミヤマガラスの巣所 五月祭 罪人 恋人たちの悩み 婚礼 訳注 解説 口絵・挿絵=ランドルフ・コールデコット