出版社 : 晶文社
16歳の少女ポーシャは両親を亡くし、年の離れた異母兄トマスとその妻アナの豪華なロンドンの屋敷に預けられる。「娘に一年だけでも普通の家庭生活をあじわわせてやってほしい」という亡父の遺言を受けてのことだった。その家には人気作家や元軍人をはじめ、夫妻の友人たちがよく訪れた。ポーシャは、アナの客人で、不敵な世界観を持つ美青年エディに心魅かれていく。寄る辺のないポーシャは、手紙と日記に心をゆるしていて、手紙をくれたエディには、彼女の日記を読ませてあげた。しかしもう一人、その秘密の日記を覗き見る大人の影が…。無垢な少女のまわりで、結ばれ、もつれ、ほどけていく人間の絆…心理の綾を微細に描き、人生の深遠を映し出す、稀代の巨編。
ステラの部屋に招かれざる客、ハリソンが押し入ってきた。彼女の愛するロバートが、敵国のスパイであることをほのめかし、黙っていてほしければ…とステラに関係を迫ってくる。ロバートがスパイなのかどうか、本人に聞けばわかるはず。でも、もし本当にスパイだとしたら、このままふたりの関係を続けていくのは難しい…。恋人どうしであっても詰め寄れない難問をかかえ、ステラは戦時下のロンドンを彷徨う。先行きのない人々の倦怠が、夕暮れに漂っている。この厄介な状況は戦争のせいなのか、それとも、この現実があってこそのふたりなのか。第二次大戦下のロンドンの実相を描き、ボウエンの哲学的ともいえる人間考察が、その深淵をみせる傑作長編。
11歳の少女ヘンリエッタは、半日ほどあずけられたパリのフィッシャー家で、私生児の少年レオポルドに出会う。レオポルドはまだ見ぬ実の母親との対面を、ここで心待ちにしていた。家の2階で病に臥している老婦人マダム・フィッシャーは、実娘のナオミとともに、自宅を下宿屋にして、パリに留学にきた少女たちをあずかってきた。レオポルドの母も結婚前にそこを訪れたひとりだった。青年マックスもこのパリの家をよく訪れていた。パリの家には、旅の途中、ひととき立ち寄るだけのはずだった。しかし無垢なヘンリエッタとレオポルドの前に、その歪んだ過去が繙かれ、残酷な現実が立ち現れる…。20世紀イギリスを代表する女流作家、エリザベス・ボウエンの最高傑作。
ウィッチフォード事件を見事解決に導き、名探偵の盛名あがるロジャー・シェリンガムは、「クーリア」紙の編集長から、ラドマス湾で起きた転落死事件の取材を依頼され、特派員として現地へ向かった。断崖の下で発見された女性の死体は、当初、散歩中に誤って転落したものと見られていたが、その手が握りしめていたボタンから、俄然殺人事件の疑いが浮上していた。警視庁きっての名刑事モーズビー警部を向うにまわして、ロジャーは自ら発見した手がかりから精緻な推理を展開、事件解決を宣言するが、つづいて第二の事件が…。快調シェリンガム・シリーズ第3作。
北アイルランドはデリーの町。人びとの根深い対立に端を発する、うわさや密告や陰謀がうずまくミステリアスな町。行方知れずの伯父さんに一体何があったのか?心を閉ざす母。愛すべき沈黙をまもる父。家族一人一人が決して口にしてはならない秘密を胸深く封じこめて生きている。魅惑と恐怖が背中あわせの闇のなかで、のびやかにして繊細な少年の心に刻まれる、生と死と愛と孤独-。アイルランドのゆたかな幽霊伝説や妖精譚に彩られた少年の日々を詩情あふれる筆致で描く。「今日のアイルランドが生んだ小さな大傑作」と絶賛された、心ふるえる連作小説。ガーディアン紙小説賞受賞。
ぼくは踏みにじられたぼろ屑だった。不幸を自分の身に引きよせ、死にかかっていた…。スペイン戦争前夜。まっ黒な予兆をはらんだ青空の下で、破滅に瀕したひとりの男。彼をうちのめした苦悶とはなんだったのか。嫌悪と倦怠と恍惚とー。「黒いイロニー」をもとめつづける孤独な魂の彷徨を、息づまるばかりの切実さで描く。著者自身によって発表まで20年間遺棄されていた、思想的作家バタイユの危険と魅惑にみちた傑作。
いまを去る四百年前、宗教戦争の嵐が吹きあれた16世紀末ヨーロッパ。-腕ききの印刷職人はどこへ姿をくらましたのか。本の都市リヨンで徒弟として修業をかさねた若き植字工アベルは、ジュネーヴで夢にまで見た印刷工房の親方となった。しかし、美しく奔放な妻マルゴを雇いの刷り工に寝取られ、波瀾万丈の遍歴の旅がはじまる…。本づくりに情熱をもやした一人の男の浮き沈みのはげしい生涯を追い、ルネサンス末期の出版文化をになった人びとの魅力あふれる世界を活写する、秀逸な歴史小説。
日本の強制収容所で終戦を迎えた9歳のダーチャ・マライーニは、1947年、家族とともにシチーリア島バゲリーアへ帰郷する。祖父母の暮らす壮麗な館。咲き乱れる花々。はるかにつづくオリーブ畑とレモン畑。愛も死も性も、破滅も栄華も、すべてがあらわなこの島で、少女は目覚めてゆく。やがてマライーニは、一族と訣別し、島を出て作家として歩みはじめる。シチーリアを遠ざけて生きた長い年月。だが、数十年の時を隔てて館に足を踏みいれたとき、埋もれていた少女時代の記憶とともに、幾多の祖先の姿までが、あざやかに蘇ってくるのだった。もう一つのイタリア、シチーリアの過去と現在を描き、本国で好評を博した秀抜なノンフィクション・ノヴェル。
紀元前七千年、氷河時代のアリューシャン列島。大波に洗われ、火山のとどろきやまぬ極北の地。寄せくる運命に翻弄されながらも、少女は大自然の精霊たちにまもられて、ひたむきに生き。旅。戦い。誕生。死。壮大なスケールで描く愛と冒険の古代ロマン。平和な兵辺の村を「殺し屋」一族が襲った。たったひとり生き残った十三歳の「黒曜石」。愛するすべての者を失った少女は、ラッコの精霊に導かれ、大海原へ旅立つ。黒髪をなびかせながら進む彼女のゆくてに、やがてクジラの彫像をもつ謎の老人が…。
新たな戦いが間近かに迫っていた。危機を伝えるため、「黒曜石」は乳飲み子を連れて故郷の西の島へ向かう。そのとき、新天地を求めて一人の青年が海をわたってきた-。氷に閉ざされた青い世界に薄明かりが照り映えるころ、死者たちの霊をのせた風が「黒曜石」にささやく。いまこそ勇気を…。
V・I・ウォーショースキー、キンジー・ミルホーン。今やミステリーは女探偵の時代。しかし、かつて探偵は男の専売特許だった。1864年、女探偵が初登場。南北戦争時の10セントノベルから、本格ミステリー、ハードボイルド、サイコサスペンスまで、120年間300冊に描かれた女探偵を徹底分析する。彼女たちの犯罪解決法は?仕事と私生活は?恋愛と結婚は?物語にうつしだされた女性像を解き明かし、新しいミステリーの可能性を提示する、刺激的な評論。
父母が逃れえなかったナチの手を逃れて、イギリスに渡った二人の少年。堅い絆で結ばれた彼らは、異国での辛苦を乗りこえ、共同事業の成功と、似合いの伴侶、美しい子どもたちに恵まれる。だが、人生の秋を迎えてもなお、一切と別れねばならなかった過去が、身を切るような孤独となって二人を苛む。ひとは、過去からは逃れられないのか-。刊行されるや、たちまち最高傑作と絶賛を博した、ブルックナーの新境地を示す作品。
パルトグラートへようこそ!ここは「ペレストロイカ」の名誉ある模範都市である。禁酒・反官僚主義キャンペーン-。モスクワから次々と改革の要求が送られてくる。ペレストロイカ屋と保守主義者が互いの面をたたきあい、共産主義の害悪がことごとく暴露された。しかし人々はとんと無関心。街は以前にもまして酔いどれにあふれ、ただでさえ商品の少なかった店は空っぽになった。架空都市を舞台に全世界がこぞって支持する「ペレストロイカ」の虚妄をあばき、ゴルバチョフの挫折をいち早く予告した異端派亡命作家の禁じられた問題作。痛烈パロディ。
1967年の第3次中東戦争以後、イスラエル占領下にあるヨルダン川西岸地区。1987年、アラブ人とユダヤ人が最も激しく対立するこの地に、イスラエルの作家グロスマンは分け入った。難民キャンプ、ユダヤ人入植地、イスラエルとヨルダンに分断されてきた村-。ユダヤ人としての自らの存在を問いつつ、占領地に生きる人びとの怒り、絶望、狂信をありのままに綴り、中東問題、民族問題の核心に迫る渾身のルポルタージュ。
蟹だらけの船。魚とりの少年。羊飼いと狩人。猫と警官。菓子泥棒。パルチザンと少女。動物たちの森-。地中海からアルプスにつらなる自然を背景に描かれた、ユーモラスで寓話的な、そしてみずみずしく爽やかな、11の珠玉の短篇。名作『まっぷたつの子爵』から、遺作『パロマー』につながる、カルヴィーノの多彩な魅力の原点をなす初期作品集。
21世紀、十字軍華やかなりし時代のスペイン。キリスト教徒とイスラム教徒がイベリア半島の支配権をめぐってしのぎをけずっている。ユダヤ人イェフダ・イブン・エズラは、イスラム文化栄えるセビリャから、キリスト教勢力が支配するトレドに赴く。カスティリア王アルフォンソ8世の財政顧問として国を豊ませ、トレドに住むユダヤ人をキリスト教徒の迫害から守るには、なんとしても国内の平和を維持しなければならない。イェフダは、血気はやるアルフォンソを戦から遠ざけるため、最愛の娘ラケルを王に捧げる。可憐なラケルとアルフォンソは、7年のあいだ愛の生活にひたる。しかし英国王ヘンリーが逝去すると、スペインにはいよいよ戦雲がたれこめてくる。アルフォンソは、ラケルの愛とイェフダの知恵を捨て、イスラム勢力に戦いを挑むが…。
十歳の少女だった〈私〉がみつめた高校生シェリルとリックのひたむきな恋。あれから数十年、自らの結婚に苦い思いをかみしめる〈私〉がいまいちど、あの愛を甦らせる。60年代初めのニューヨーク郊外の街を背景に、うつろいゆく愛のきらめきを結晶させた現代小説の秀作。