出版社 : 白水社
内気なヒロインの自立と孤独と愛の物語 身寄りのない英国女性ルーシー・スノウは、自身の運命を切り開こうと決心して海峡を渡り、ラバスクール王国の首都ヴィレットへ辿り着いた。女子寄宿学校を経営するマダム・ベックに雇われた彼女は、誰一人知る者のない異国の街で、英語教師としての生活を始める。短気で独断的な教授や良家の子女からなる生徒たちに手を焼き、幼馴染との再会や、学内に出没する修道女の幽霊騒ぎなど、様々な出来事に心を揺さぶられながらも、ルーシーは次第に周囲の評価を獲得していく。それでもなお、彼女を苦しめる孤独は癒されることなく、胸に秘めた思いはさらなる葛藤を生み続ける。運命に立ち向かう、内向的だが想像力に溢れたヒロインの心理的陰影に富んだ語りの魅力で『ジェイン・エア』以上の傑作と称され、ヴァージニア・ウルフからカズオ・イシグロまで、名だたる作家たちを惹きつけてきたシャーロット・ブロンテの文学的到達点。
韓国現代文学の到達点 ピョン・へヨンは、韓国で最も権威ある文学賞・李箱文学賞を2014年に「モンスーン」で受賞し、以後も数々の文学賞を受賞、男女問わず多くの読者に支持される女性作家である。 派遣社員、工場長、支社長、上司、部下、管理人……都市という森に取り囲まれ、いつのまにか脱出不可能になる日常の闇を彷徨う人たち。「モンスーン」から最新作「少年易老」まで、都市生活者の抑圧された生の姿を韓国の異才が鋭く捉えた九篇。著者のこの10年の充実の作品群を収めた、日本語版オリジナル短篇集。 「モンスーン」:郊外の団地。ユジンとテオの夫婦関係は冷めきって、会話が成り立たない。きっかけは、生まれて間もないわが子の死だった。子どもを家に置いたまま、二人が別々に外出した時に起きた出来事だった。テオは妻に対する疑念を打ち消すことができない。テオは駅近くのバーで、妻の勤める科学館の館長に偶然出会い……。 「ウサギの墓」:派遣社員の彼は、6か月間だけこの都市に暮らす予定だが、公園に捨てられていたウサギを抱いて家に帰る。仕事は簡単だった。資料を集め、書類を作り、担当者に提出する。前任者は彼に仕事を引き継いだ後に行方不明となるが……。
遥かな風の夜の悪夢にも似た不思議な小説 棟続きの家に住む二組の夫婦。戸口の梶の花のにおいに心乱された更善無(コンシャンウー)は、隣家の女、虚汝華(シュイルーホア)に怪しげな挙動を覗き見られて動揺する。虚汝華の夫の老况(ラオコアン)は生活能力のない男で、しじゅう空豆を食べている。女房の好物は酢漬けきゅうり。家の中では虫が次から次へと沸いて出て、虚汝華は殺虫剤をまくのに余念がない。ある夜、梶の花の残り香の中で、更善無と隣家の女は同じ夢を見た……。髪の毛が生える木、血のように赤い太陽、夥しい蛾や蚊、鼠。死んだ雀。腐った花の匂い。異様なイメージと夢の中のように支離滅裂な出来事の連鎖が衝撃を呼ぶ中篇『蒼老たる浮雲』に、初期短篇「山の上の小屋」「天窓」「わたしの、あの世界でのこと」を収録。アヴァンギャルドな文体によって既存の文学の枠組を打ち破り、現代中国の社会と精神の構図を深い闇の底から浮かび上がらせた残雪(ツァンシュエ)作品集。
平凡なものが奇怪になる瞬間 職人的に精緻な筆致で、名匠が切り拓く新たな地平。蠱惑的な魔法に満ちた7篇を収録した、最新の傑作短篇集。 翻訳者の柴田元幸氏は、「ミルハウザーといえば『驚異』がトレードマークとなってきたが、この短篇集では(中略)驚異性はむしろ抑制され、ごく平凡な日常生活に小さな異物を(あるいは異者を)挿入することで、日常自体に蠱惑的な魔法を息づかせ、と同時に日常自体の奇怪さを浮かび上がらせている」と、本書の魅力を指摘する。 通りすがりの男がいきなり平手打ちを食わせてくる事件が続発する町の動揺を描く「平手打ち」。放課後も週末もいつも一緒にいる仲の彼女が決して話したがらず、だからこそ僕は気になって仕方ない「白い手袋」。いつのまにか町に現われ、急速に拡大していく大型店舗の侵食ぶりを描く「The Next Thing」。ある日目覚めると、ベッドに横たわり動かぬ自分を見下ろしていた私は、事態を呑み込めないままさまよいだす。やがて出会ったある女性との奇妙な交流とその行方を描く表題作など、どの作品も筆が冴えわたっている。 本書は、優れた短篇集に授与される《The Story Prize》を受賞している。
痛みがあってこそ回復がある 『菜食主義者』でアジア人初のマン・ブッカー国際賞を受賞し、『すべての、白いものたちの』も同賞の最終候補になった韓国の作家ハン・ガン。本書は、作家が32歳から42歳という脂の乗った時期に発表された7篇を収録した、日本では初の短篇集。 「明るくなる前に」:かつて職場の先輩だったウニ姉さんは弟の死をきっかけに放浪の人になる。そんな彼女を案じていた私に3年前、思わぬ病が見つかる。1年ぶりに再会した彼女が、インドで見たというある光景を話してくれたとき、小説家の私の心は揺さぶられるーーウニ姉さんみたいな女性を書きたい、と。 「回復する人間」:あなたの左右の踝の骨の下には穴があいている。お灸で負った火傷が細菌感染を起こしたのだ。そもそもの発端は姉の葬儀で足をくじいたことだった。ずっと疎遠だった姉は1週間前に死んだ。あなたは自分に問いかける。どこで何を間違えたんだろう。2人のうちどちらが冷たい人間だったのか。 大切な人の死や自らの病気、家族との不和など、痛みを抱え絶望の淵でうずくまる人間が一筋の光を見出し、再び静かに歩み出す姿を描く。現代韓国屈指の作家による、魂を震わす7つの物語。
夢の不思議さを綴る夜の語り手、初期短篇集 わたしは駅の古いベンチに横になっていた。わたしにはわかっている、カッコウがそっと三度鳴きさえすれば、すぐにも彼に逢えるのだ。「カッコウはもうじき鳴く」とひとりの老人がわたしに告げた……。姿を消した“彼”を探して彷徨い歩く女の心象風景を超現実的な手法で描いた表題作。毎夜、部屋に飛び込んできて乱暴狼藉をはたらく老婆の目的は、昔、女山師に巻き上げられた魔法の靴を探すことだった……「刺繡靴および袁四ばあさんの煩悩」ほか、全九篇を収録。『黄泥街』(Uブックス既刊)が大きな話題を呼んだ現代中国作家、残雪の独特の文学世界が最も特徴的にあらわれた初期短篇を精選。夢の不思議さにも似た鮮烈なイメージと特異な言語感覚で、残雪ファンにとりわけ人気の高い一冊。付録として、訳者による作品精読の試み「残雪ー夜の語り手」を併録した。
広告代理店に長年勤務した初老の男ビル・ウィットマン。彼の人生の瞬間の数々を自虐的ユーモアを交えて語る断章形式の物語。(「海の乙女の惜しみなさ」)。もとはモーテルだったアルコール依存症治療センター“スターライト”。そこに入所中のマーク・キャサンドラが、ありとあらゆる知り合いに宛てて書いた(または脳内で書いた)一連の手紙という体裁の短篇。(「アイダホのスターライト」)。1967年、ささいな罪で刑務所に収監されることになった語り手。そこで無秩序の寸前で保たれる監房の秩序を目の当たりにし、それぞれの受刑者が語る虚構すれすれの体験談を聞く。(「首絞めボブ」)。かつてテキサス大学で創作を教えていた語り手は、あるとき学生たちを連れて老作家ダーシー・ミラーの牧場を訪ねる。その後、作家仲間から彼の安否を気遣う連絡を受け、ふたたび訪問すると、そこには、すでに死んだはずの兄夫婦と暮らしていると錯覚するミラーの姿があった。(「墓に対する勝利」)。詩人である大学教師ケヴィンが、才能豊かな教え子マークのエルヴィス・プレスリーに対する強迫観念を振り返る。マークは、エルヴィスの生涯に関する陰謀説を証明しようとしていた。(「ドッペルゲンガー、ポルターガイスト」)。
うらぶれた路地裏が冒険と発見に満ちていた子供時代を叙情豊かに描くデビュー短篇集。夏になるとどこからか現れる行商人の秘密を知った「パラツキーマン」。高架下の廃屋でたくさんの鳥たちと暮らす風変わりな男との邂逅を描く「血のスープ」。少々ネジが飛んでいるけれど子供たちのいい遊び仲間だった「近所の酔っ払い」。人生の岐路に立った少年二人が夜更けの雪の町をさまよう「長い思い」。映画の恐怖が現実に忍び込んできて逃げ惑う少年を描く「ホラームービー」。不思議な生業を営む叔父との奇妙な日々が胸を打つ結末に行きつく「見習い」など珠玉の11篇に、日本版特別寄稿エッセイを収録。
劇団四季ファミリーミュージカル原作 銀色のつばさのカモメ、ケンガーは、ハンブルクのとあるバルコニーに墜落する。そこには1匹の黒い猫がいた。名前はゾルバ。瀕死のカモメは、これから産み落とす卵をこの猫に託す。そして、3つの厳粛な誓いをゾルバに立てさせるのだった──。 この春、劇団四季の26年ぶりの新作ファミリーミュージカルとなった本書は、〈8歳から88歳までの若者のための小説〉とうたわれる、愛と感動と勇気の世界的ベストセラー。より若い読者にも親しんでもらえるよう、このたび、小学校高学年以上で学習する漢字には新たにルビを振った。 「勇気をもって一歩ふみだすこと、全力で挑戦すること、そして、自分とは違っている者を認め、尊重し、愛することを教えてくれるゾルバとフォルトゥナータたちの物語が、これからもたくさんの方々の心に届きますように」(「訳者あとがき」より)
ケン・リュウも注目の中国SF作家、初の短篇小説集! 「北京 折りたたみの都市」でヒューゴー賞を受賞し、いま最も注目されているSF作家の初の短篇小説集。社会格差や高齢化、エネルギー資源、医療問題、都市生活者のストレスなど、現代の中国社会が抱える様々な問題が反映された全7篇。 「北京 折りたたみの都市」 物語の舞台は、産業の自動化が進んだ北京。人間の労働力が不要になった都市で、人口増加と失業問題を解決するために折りたたみ式の都市が建設され、人々はそこで生活している。都市は三つの空間に分割され、第一空間では富裕層のみが地表で24時間を過ごし、折りたたまれた残りの第二空間、第三空間の人間は24時間を分けあう。互いの行き来は厳しく制限されている。第三空間のゴミ処理場で働く48歳の老刀(ラオダオ)は娘を幼稚園に入れるお金を工面するために、第一空間に忍び込もうとするが……。 「弦の調べ」「繁華を慕って」 宇宙からやってきた「鋼鉄人」が地球を侵略する。ヴァイオリニストの斉躍(チー・ユエ)は、師に従って鋼鉄人が拠点としている月を爆破する計画を手伝うことに。共振を起こして弦に見立てた宇宙エレベーターを震動させ、音楽によって爆破するという計画だったが……。バイオリニストの夫の視点からの「弦の調べ」と、作曲を志してイギリスに留学する妻の側から語られる「繁華を慕って」は対になり、夫婦の心の弦が響き合う。 北京 折りたたみの都市 弦の調べ 繁華を慕って 生死のはざま 山奥の療養院 孤独な病室 先延ばし症候群
『82年生まれ、キム・ジヨン』の著者による表題作を収録! 「ヒョンナムオッパへ」の主人公は、ヒョンナムに恋をし、精神的に支配されながら、それが暴力であるということにも気づいていない。あとからそれに気づくという小説を書きたかった。 ーーチョ・ナムジュ 嫁だからという理由で、妻だからという理由で、母だからという理由で、娘だからという理由で受けてよい苦痛はない。ただ女だからという理由だけで苦しめられてよい理由などない。 流さなくていい涙を流さなくてすむ世の中を夢見ている。 ーーチェ・ウニョン #Me Too運動の火付け役ともなった『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著)が韓国で100万部以上の売り上げを突破し、大きな話題を呼んでいる。本書は韓国でその人気を受けて刊行された、若手実力派女性作家たちによる、初の書き下ろしフェミニズム小説集の邦訳である。 チョ・ナムジュによる表題作「ヒョンナムオッパへ」の主人公は、地方出身の女子。ソウルの大学に進学して、先輩のヒョンナムに恋をし、彼に守られて10年以上青春期を過ごすが、実際には何もかも彼に操作されていたと気づき……。『82年生まれ、キム・ジヨン』では、女性として生きる上で直面する様々な困難や疑問が提示されたが、本作では実際に行動を起こすところまで踏み込んでいる。 ほかに、母親との葛藤を抱えた女性の主人公が、弟の結婚を契機に母との関係、女性としての生き方に思いを巡らす「あなたの平和」、受験を控えた中学生の息子と小学生の娘の問題に悩む専業主婦の複雑な感情に光を当てた「更年」など、各篇に描かれている事例は、日本の各世代の女性たちの共感を呼ぶ。 また、韓国の男性社会の暴力性への違和感を、都市空間への違和感として象徴的に描いた「すべてを元の位置へ」や、ハードボイルドの男女の役割を入れ替えたサスペンス仕立ての「異邦人」、宇宙空間での出産をテーマに、女性のクローン人間と雌犬とロボットの心温まる交流を描いた「火星の子」など、フェミニズムへの多彩なアプローチを楽しめる。 「ヒョンナムオッパへ」チョ・ナムジュ 「あなたの平和」チェ・ウニョン 「更年」キム・イソル 「すべてを元の位置へ」チェ・ジョンファ 「異邦人」ソン・ボミ 「ハルピュイアと祭りの夜」ク・ビョンモ 「火星の子」キム・ソンジュン 解説:斎藤真理子
遁走する言の葉たちの狂想的喜劇 海辺の町ドーキーでミック・ショーネシィが知りあった科学者にして神学者ド・セルビィは、厭世が昂じて世界破壊計画を企て、大気中の酸素を除去する物質D・M・Pを研究開発していた。嘘か真か、それによって時間を停止させることにも成功したという。一方、ミックは行きつけの酒場で「ジェイムズ・ジョイスが死んだという報道は眉唾物だ」と聞かされる。ダブリン郊外で名前を隠して居酒屋の給仕になっていたジョイスを探し出したミックは、彼をド・セルヴィに会わせようと画策するが……。世界破壊、時間の停止、彼岸との交信、生きていた(?)ジョイスといった奇想に加えて、オブライエン作品ではお馴染みの奇人たちが登場、ほら話とも真面目な議論ともつかぬ会話がくりひろげられる。世界中で愛されたアイルランド文学の異才フラン・オブライエン最後の傑作。
没後10年記念復刊、ヌーヴォー・ロマンの到達点! というわけで、ここで私はまた反復し、要約する。アイゼナッハから廃墟だらけのチューリンゲンやザクセンを経てベルリンへと向かう果てしなくながい列車旅行の最中に、私はずいぶん久しぶりに、話を簡単にするために私の分身、あるいはそっくりさん、あるいはさらにもっと演劇的でない言い方で《旅人》と呼ぶ男を見かけた──。 〈第二次世界大戦直後の混乱したベルリンへの特殊工作員の潜入あり、謎の殺人事件あり、煽情的なうら若い少女売春あり、網をはりめぐらした秘密組織や警察と風俗業者の癒着があり、サドマゾ的な拷問があり、裏切りや処刑があり、最後も連鎖的な殺人と偽装で終わる。(中略)『反復』はB級エンターテインメント的な軽快さとばかばかしさが充満していて、アメリカ文学で言う《パルプ・フィクション》と受け取る読者もいるかもしれない〉(本書「訳者あとがき」より)。 ベルリンへと向かう列車、窓から殺人現場の見えるホテル、SMプレイに魅せられた少女のいる人形店……華麗なる迷宮を、秘密の使命を帯びた〈私〉がさまよう5日間。 没後10年記念復刊、著者渾身の最高傑作。ヌーヴォー・ロマンの到達点!
幻想と現実の奇妙なブレンド 文豪ゴーゴリの妻は空気の量によって自在にその姿を変えるゴム人形だった! グロテスクなユーモア譚「ゴーゴリの妻」。カフカの死んだ父親が巨大な蜘蛛となって現れる「カフカの父親」。音の重さや固さ、色彩、味や匂いについての考察「『通俗歌唱法教本』より」。イギリス人の船長から一年間習ったペルシャ語は実際には世界中のどこにも存在しない言葉だった……「無限大体系対話」など、カルヴィーノ、ブッツァーティと並ぶイタリア文学の異才ランドルフィの途方もない奇想とナンセンス、特異な言語感覚に満ちた短篇を集成。奇怪な幻想、残酷な寓話から擬似科学的なパロディ、さらには日常的な題材、回想記まで、自在な語り口で物語を紡ぎだす孤高の天才の不思議な世界。奇妙な乗組をのせた船の超現実主義的な航海を描く「ゴキブリの海」を追加収録した決定版傑作集。
「王子光(ワンツーコアン)」とは何かーー滅びの街の物語 黄泥街は狭く長い一本の通りだ。両側には様々な格好の小さな家がひしめき、黄ばんだ灰色の空からはいつも真っ黒な灰が降っている。灰と泥に覆われた街には人々が捨てたゴミの山がそこらじゅうにあり、店の果物は腐り、動物はやたらに気が狂う。この汚物に塗れ、時間の止まったような混沌の街で、ある男が夢の中で発した「王子光」という言葉が、すべての始まりだった。その正体をめぐって議論百出、様々な噂が流れるなか、ついに「王子光」がやって来ると、街は大雨と洪水に襲われ、奇怪な出来事が頻発する。あらゆるものが腐り、溶解し、崩れていく世界の滅びの物語を、言葉の奔流のような圧倒的な文体で語った、現代中国文学を代表する作家、残雪(ツァンシュエ)の第一長篇にして世界文学の最前線。残雪研究の第一人者でもある訳者の「わからないこと 残雪『黄泥街』試論」を併録。
絶望の青春──ジャック・ロンドン自伝的物語 20世紀初めのアメリカ西海岸オークランド。労働者地区で生まれ育った若者マーティン・イーデンは、船乗りとなり荒っぽい生活を送っていたが、裕福な中産階級の女性ルースに出会い、その美しさと知性に惹かれるとともに文学への関心に目覚める。生活をあらため、図書館で多くの本を読んで教養を身につけ、文法を学んだマーティンは作家を志し、海上での体験談、小説や詩、評論を次々に書いて新聞や雑誌に送るが一向に売れず、彼が人生の真実をとらえたと思った作品はルースにも理解されない。生活は困窮し、絶望にかられ文学を諦めかけたとき、彼の運命は一転する。 密漁者、船乗り、放浪者などを経て作家に転身、『野性の呼び声』で世界的名声を獲得したジャック・ロンドンが、自らの体験をもとに書き上げた自伝的小説。理想と現実のはざまで闘い続ける創作者の孤独な栄光と悲劇を圧倒的な熱量で描いたこの作品は、多くの作家や芸術家に影響を与え、読者の心を揺さぶり続けてきた。20世紀初頭アメリカの階級社会の中で、独学で自己向上を目指す主人公の苦闘は、苛酷な格差社会の入口に立つ現代の若い読者にも切実に受け止められるだろう。
孤独死事件を台湾の異才が小説化! 本書は、2013年に起こった「大阪市母子餓死事件」が素材になっている。当時マンションの一室で28歳の母親と3歳の息子が餓死状態で発見された。母子の孤独死は、無縁社会を象徴する事件として台湾でも大きく報じられ、衝撃を受けた著者は、舞台を台湾に置き換えて、本書を書き上げた。 主人公の美君は、6歳の娘と暮らす30代の平凡な女性。あるとき、夫から暴力を受け、家を出る。近所に引っ越し、夫からの連絡をひそかに待ちながら、夫や元彼、職場、結婚・出産時のことなど、過去を様々に思い返す。一方で、夫、元彼、娘、親、弟、同僚、友人の独白からは、まったく異なる美君の姿が浮かび上がってくる。すれ違う意識と嚙みあわない現実。些細なきっかけから美君は周囲との関係を断っていき、しだいに自らを追い込んでいく……。 他者からどう見られるかを常に意識して行動し、自分が選ばれるべき人間だと自負する美君。ネットやSNSが浸透し、容易に他人と深く関われる社会のなかで、なぜ母子は孤独死するに至ったのか。誰にでも起こりうる震撼の事件の全貌を独白体によって鮮烈に描き出し、現代の日常が孕む闇を射抜く傑作長篇。 小山田浩子氏推薦!
兄の人生から浮かび上がる戦争と家族の物語 ナチズムに疑いをもつことなく戦地に赴き、19歳で命を落とした兄。弟である著者が、残された日記や手紙から兄の人生を再構成しながら、「戦争」とは何か、「家族」とは何かを問いかける意欲作。 16歳年上の兄はヒトラーユーゲントの教育に染まり、武装親衛隊の「髑髏師団」に入隊、ウクライナで戦死した。戦後民主主義の教育を受けて育った第一世代である著者は、兄の遺した日記や手紙を読みながら、戦争の記憶をほとんどもたない自身の半生、両親や姉の人生を振り返る。そしてナチズムと国家による暴力、戦時下の小市民の生活について、短いテクストの集積で語りつつ、読む者に深い問いを投げかける。 わずかな手がかりをもとに、亡き兄の人生について考察する本書の書きぶりは、小説というよりも自伝、あるいはノンフィクションの手触りに近い。身近でありながらほとんど知ることのなかった肉親への情、戦争に向き合おうとすることの困難、葛藤が随所に表われ、日本の読者にも考えさせられるところが大きい。 著者は1940年生まれ。2003年に出版した自伝的な本書は、ドイツにおける記憶の文化とナチスについて社会的な議論を巻き起こした。
傑作小説の評伝 1862年4月4日に発売されるや、翌日午後にはパリで第1部上下巻6000部が完売。第2・3部の発売日には朝6時に早くも出版社の前の通りは人であふれ、行列の整理のために警察官が出動する騒ぎに。そして『レ・ミゼラブル』は世界各地でベストセラーとなる。本書はその執筆・出版の過程を縦糸に、小説の背景となる世界経済やユゴーの用いた技巧の考察から、翻訳のいきさつや意外な読まれ方、ミュージカル・映画などの受容までを横糸に織り上げた、いわば「小説の評伝」である。 この作品の背後には多くのものが隠れている。たとえば、マドレーヌ氏ことジャン・ヴァルジャンが模造黒ガラス玉でたちまち莫大な財産を手にした事情は、当時の世界史から推測できる。刊行当時、新聞にはこの作品に対して手厳しい批評がいくつも掲載されたが、マドレーヌ氏が財産を築いた方法にけちをつけたものはひとつもなかった。また、当時のパリの地理と作品中の地理との比較からはユゴーの政治的な心情が、ジャン・ヴァルジャンの囚人番号からは苦悩が透けて見える……。 おなじみの物語の違った顔が楽しめる一冊。