出版社 : 白水社
本書は、2013年に起こった「大阪市母子餓死事件」がモチーフになっている。当時マンションの一室で28歳の女性と3歳の息子が餓死状態で見つかり、電気とガスも止められていた。母子の孤独死は、無縁社会を象徴する事件として台湾でも大きく報じられ、衝撃を受けた著者は、舞台を台湾に置き換えて、本書を書き上げた。主人公の美君は、6歳の娘・小娟と暮らす30代の女性。あるとき、夫の阿任から暴力を受け、美君は家を出る。地下鉄で20分しか離れていない家に移り、夫からの連絡をひそかに待ちながら、夫のこと、元彼のこと、職場のこと、結婚・出産の時のことなど、過去をさまざまに思い返す。一方で、夫、元彼、同僚、親、弟、友人の独白からは、まったく異なる美君の姿が浮かび上がってくる。他者からどう見られるかを常に意識して行動し、自分が選ばれるべき人間だと自負する美君。Facebookのページを開設し、グループLINEにも参加してはいたが、つながっている人はほとんどいなかった。すれ違う意識と噛み合わない現実。美君は、しだいに自らを追い込んでいく…。
16歳年上の兄カール・ハインツは、ヒトラーユーゲントの教育に染まり、武装親衛隊のエリート部隊である「髑髏師団」に入隊する。ハリコフ攻防戦やクルスクの戦いにも参加するが、戦闘中に両足に重傷を負い、切断を余儀なくされ、ウクライナの野戦病院で息を引き取った。第一次世界大戦に自ら志願して従軍し、第二次世界大戦でも戦った父は、兄を誇りに思い、その死を深く悔やむ。いっぽう母は、息子が戦争犯罪に加担しなかったと固く信じながら、戦地から届いた兄の遺品を、半世紀にわたり化粧台に入れて大切に保管していた。兄より年長の姉は、娘である自分が兄ほど父に愛されなかったことを自覚しつつ、それでもやはり自分は父に愛されていたと信じようとする。兄の遺した日記や手紙を読みながら、著者は、戦争の記憶をほとんどもたない自身の半生、さらには両親や姉の人生を振り返る。ナチズムと国家による暴力、戦時下の小市民の生活について、短いテクストの集積で語りつつ、読む者に深い問いを投げかける。
南北戦争の兵士も共産圏の人々も愛読した『レミゼ』。その執筆・出版の波瀾の過程を縦糸に、作品の背景となる世界経済やユゴーの用いた技巧から、ミュージカルや映画までを横糸に織り上げられた、大傑作小説の「伝記」。
匠の技巧が存分に発揮された、粒ぞろいの短篇集。アニメ『トムとジェリー』をありえないほど緻密にした「猫と鼠」から、“もう一人のエジソン”が開発した「触覚機」をめぐる実験日記「ウェストオレンジの魔術師」まで、老いてますます冴える短篇の名手による十三篇を収録。
1943年、“死の鉄路”建設で地獄のような日々を闘っていた、捕虜の軍医ドリゴ。そこへ一通の手紙が届き、すべてが変わってしまう…。『グールド魚類画帖』で絶賛を博した作家が、第二次世界大戦中の父親の過酷な捕虜経験を題材にして、12年の歳月をかけて書き上げ、「傑作のなかの傑作」と激賞された長篇!ブッカー賞受賞作品。
アメリカンドリームを求めて、プエルトリコやメキシコから渡ってきた移民が集まる街に引っ越してきたエスペランサ。成功と自由を夢見る人びとの日常の喜びと悲しみ、声にならない声を、少女のみずみずしい感性ですくいあげた名作。
悪魔に騙された聖者マエールは間違って極地のペンギンに洗礼を施してしまう。天上では神が会議を開いて対応を協議、ペンギンたちを人間に変身させて神学上の問題を切り抜けることにし、ここにペンギン国の歴史が始まった。古代から現代、未来に至るフランスの歴史をパロディ化、戯画的に語り直した、ノーベル賞作家A・フランスの知られざる名作。
『酸っぱいブドウ』-「短剣に斃る」:強欲で乱暴で慎しみを欠き、くせ者揃いの住民で知られるクワイク街区。そこに暮らす片耳の男ヒドゥル・アッルーンは、自分の伴侶のように大事にしていた短剣を警察に没収されてしまう。「隘路の外衣」:クワイク街区を抜けて近道しようとしたムフスィン・ファーイルは、黒い外衣をまとった女に道を訊かれる。知らないと答えると、突然その女の兄を名乗る男に因縁をつけられる。「ハッラーウの末路」:床屋のサイード・ハッラーウは店を閉め、謎の黄色い錠剤を売っている。錠剤には魔法のような効能があり、街区に住む男たちは次々と中毒に陥るが、その成分や製造方法は誰にもわからない。「八時」:ハナーン・ムルキーは一時間刻みで約束をこなす。正午には公園、一時にはある家、二時にはカフェ、三時には映画館、五時には婦人服店、六時にはレストランへ…多忙な娘ハナーンが八時に帰宅するまでの半日を追う。『はりねずみ』-両親と兄と暮らす6歳の「僕」は、大人にいたずらを仕掛け、質問攻めにして困らせるのが大好き。シリアの子どもの殺伐とした日常をコミカルかつシニカルに語る。
十八世紀イタリア、男爵家の長子コジモは、十二歳のある日、かたつむり料理を拒否して庭の木に登ると、以後、地上に降りることなく、木の上で暮らし始める。木から木へ伝って自由に移動し、森で猟をしたり、無法者と交際したり、読書に励んだりしながら大人になったコジモだが、時代はやがて革命と戦争へと動きだす。恋も冒険も革命もすべてが木の上という、奇想天外、波瀾万丈の物語。人間存在の歴史的進化を描いた“我々の祖先”三部作の第二作。
森の中でヴァン・チールは裸で岩の上に寝そべる若者に出会う。浅黒い肌に獣のような目をしたこの野生児は「子どもの肉にありついてから二ヵ月はたつ」と不気味なことを言うのだった…「ゲイブリエル・アーネスト」他、全36篇。初期短篇集『ロシアのレジナルド』、没後出版の『四角い卵』に、その後発掘された作品を収録した新訳サキ短篇集第四弾。サキの生涯と作品を概観したJ・W・ランバート「サキ選集序文」を付す。
現実か、悪夢か。現実性と非現実性が交錯する14の物語。イラクにはびこる不条理な暴力を、亡命イラク人作家が冷徹かつ幻想的に描き出す。現代アラブ文学の新鋭が放つ鮮烈な短篇集。PEN翻訳文学賞、英国インディペンデント紙外国文学賞受賞。既刊2冊から14篇を選んでアメリカで出版された英訳版からの翻訳。
『小説の技巧』の作家の本領発揮、初の短篇集 本書は、英国の大御所デイヴィッド・ロッジが30歳から80歳までに書いた、8つの短篇を収めた自身初の短篇集。作風はブラック・コメディ、セックス・コメディ、意外な結末のロアルド・ダール風など、バラエティに富み、まさに『小説の技巧』の作家の本領発揮、コミック・ノヴェルの名手が満を持して放つ、粒ぞろいの1冊。 「起きようとしない男」──しがない勤め人のジョージは、人生になんの楽しみも見いだせず、ある冬の夜、ベッドから出ることを拒否する。やがてそのことが知れ渡り、テレビ取材で事の経緯を話したおかげで、洪水のように手紙が届き、幸福な充実感を覚える。しかし彼は死の願望にとりつかれ、天井に天使と聖人がいて、空中浮揚できるのではないかと妄想する。昇天しようと、夜具を投げ捨てるが、寒さに襲われるだけで、床から毛布を取り上げる力もない。妻とナースを弱々しく呼ぶが……。 他に「けち」「わたしの初仕事」「気候が蒸し暑いところ」「オテル・デ・ブーブズ」「田園交響曲」「記憶に残る結婚式」「わたしの死んだ女房」を収録。作家による「まえがき」「あとがき」、半世紀の作家活動を紹介する「訳者あとがき」も収録。
「エロスは黒い神なのです」 「この書物は闘牛の一種と思っていただきたい」。満潮によって閉ざされた城ガムユーシュに招かれた語り手が、イギリス人の謎めいた主人モンキュらとともに繰り広げる美しくもおぞましい性の饗宴。 「この破廉恥な姿態はどこから見ても申し分なく破廉恥で、私たちの目には裸体以上に(あるいは裸体以下に)みだらなものだった。五匹の蛸が彼女の身体にへばりついたまま、[……]少女の肉体と軟体動物頭足類とがからみ合っている有様は、一種厳然たる人獣交媾の段階に達していた。おそらく曖昧に崇高とでも呼ぶ以外には呼びようのないものが、そこには見てとれたのだ」。(本文より) 1979年刊の新版に基づく、シュルレアリスム小説の奇書にして名訳。