1997年7月10日発売
八十歳の母を祝う花見旅行を背景にその老いを綴る「花の下」、郷里に移り住んだ八十五歳の母の崩れてゆく日常を描いた「月の光」、八十九歳の母の死の前後を記す「雪の面」。枯葉ほどの軽さのはかない肉体、毀れてしまった頭、過去を失い自己の存在を消してゆく老耄の母を直視し、愛情をこめて綴る『わが母の記』三部作。「老い」に対峙し、「生」の本質に迫る名篇。ほかに「墓地とえび芋」を収録。
アメリカ南部の名門コンプソン家が、古い伝統と因襲のなかで没落してゆく姿を、生命感あふれる文体と斬新な手法で描いた、連作「ヨクナパトーファ・サーガ」中の最高傑作。ノーベル賞作家フォークナーが“自分の臓腑をすっかり書きこんだ”この作品は、アメリカのみならず、二十世紀の世界文学にはかり知れない影響を与えた。
隠された意味の仮装を剥ぐ。デビュー以来、新たな小説世界を提示し続け、絶賛を浴びる気鋭作家の短篇集。ふたつのストーリーが呼応する表題作ほか、“全身キズだらけの男”が、自身の右瞼の傷の由来を語り始める「ヴェロニカ・ハートの幻影」を収録。
いつかきっとまた、会えるよねー。三年前の初夏、邪霊たちの手から救い出した少女・水野美香。最後に交わした言葉は現実のものとなり、優人は女子大生になった美香とばったり出会う。きれいになった美香に驚く優人。再会を約束し、別れたとたん、優人の携帯電話が鳴る。『協会』からの調査の指令だった。三日前、新宿で行き倒れた青年医師が、実はゾンビだったのだという。さっそく医師の住んでいた部屋へと向かうが、そこで優人が見たのは…。ホーリーハンター優人が最後の事件に挑む。
荒事専門のトラブルバスター、鈴木さやかは、イリヤから仕事を依頼される。内容は、マルスシティを訪問する、アラビフタン国王子ラシャイの護衛。報酬につられたさやかは、ついついそのメンドくさそーな仕事を引き受けてしまう。一方、正義感の強い悪党、チュチェ・フェレイラは、アパートの大家、マダム・ツァイの訪問を受ける。彼女は、亡夫セイ・ツァイ画伯の遺作を盗んで欲しいと、チュチェに頼む。その絵の持ち主はなんとラシャイ王子で…。さやかとチュチェの痛快活劇第二弾。
世界的ピアニスト、ライダーはヨーロッパのとある「町」に降り立つ。「町」は精神的な危機に瀕しており、市民たちは危機克服の望みを演奏会「木曜の夕べ」の成功にかけていた。「町」を蘇生させる重責を担わされたライダーに市民がもちかける相談とは…。イシグロが冒険的手法を駆使して現代の苦悩に取り組んだ異色問題作。
心をかきむしられる既視感、薄明の記憶の底から揺らぎ現れる人物や風景。夢魔に魅入られたような状況のなかで、ついに「町」の蘇生をかけた「木曜の夕べ」が開幕する。ライダーと市民は危機を克服できるのか。世界の読書界を騒然とさせた野心作は思いもかけない結末へとむかう。イシグロが同時代におくる渾身のメッセージ。