小説むすび | 2013年11月28日発売

2013年11月28日発売

尾根を渡る風 駐在刑事尾根を渡る風 駐在刑事

出版社

講談社

発売日

2013年11月28日 発売

警視庁捜査一課の花形刑事だった江波淳史は取り調べ中に自殺した女性への罪の意識から、駐在への転進を希望した。青梅警察署水根駐在所の所長となった江波だが、駐在所の仕事と山里の暮らしにも馴れ、休日の山歩きを趣味とする。御前山で突如いなくなったペットの犬。山梨で起こった殺人事件と関わりが? 『花曇りの朝』など5編の連作短編集。 捜査一課から駐在所長へ。 奥多摩の自然と温かき人々が 不遇の元刑事を変えていく…… 異色の「山岳+警察」小説! 「駐在刑事」ドラマ化決定! 「水曜ミステリー9」(テレビ東京系)にて 警視庁捜査一課の敏腕刑事だった江波淳史(えなみあつし)は、 取り調べ中に容疑者が自殺したことで青梅警察署水根(みずね)駐在所所長へと左遷された。 亡くなった女性への自責の念から、江波が望んだ異動でもあった。 駐在所の仕事と暮らしにも馴れ、山歩きを趣味とする江波は徐々に自らを取り戻していく。 ある日、御前山(ごぜんやま)でペットの犬がいなくなったという連絡があり、 山に入った江波の見つけたトラバサミが山梨で起きた殺人事件とつながっていくーー。 花曇りの朝 仙人の消息 冬の序章 尾根を渡る風 十年後のメール

マリーについての本当の話マリーについての本当の話

あの灼熱の夜のことを、あとから考えてみてわかったのだが、マリーとぼくは同時にセックスしていたのだった。ただし別々の相手と。あの夜、マリーとぼくは同じ時刻に、パリ市内、直線距離にして一キロほどしか離れていないアパルトマンで、それぞれセックスをしていたのである。その夜、もっと夜が更けてから、ぼくらが顔を合わせることになろうとは想像もできなかった。しかしその想像を超えた出来事が起こってしまったのである… あの灼熱の夜の陰鬱な時間のことを、あとから考えてみてわかったのだが、マリーとぼくは同時にセックスしていたのだった。ただし別々の相手とだが。あの夜、マリーとぼくは同じ時刻にーーあの夏初めての猛暑で、突然襲ってきた熱波のためパリの気温は三日続けて三十八度を記録し、最低気温も三十度を下回ることはなかったーー、パリ市内、直線距離にして一キロほどしか離れていないアパルトマンで、それぞれセックスをしていたのである。その夜、宵の内にせよ、もっと夜が更けてからにせよ、ぼくらが顔を合わせることになろうとは想像もできなかった。しかしその想像を超えた出来事が起こってしまったのである。ぼくらはなんと夜明け前に出会い、アパルトマンの暗い、散らかった廊下で束の間、抱きあいさえした。マリーがぼくらの家に戻った時刻から判断して(いや、いまや〈彼女の家〉というべきなのだろう、なぜならぼくらが一緒に暮さなくなってもう四カ月たつのだから)、またぼくが彼女と別れてから移り住んだ、手狭な2DKに戻った時刻から判断してもーーただしぼくは一人ではなく連れがいたが、だれと一緒だったかはどうでもいい、それは問題ではないーー、マリーとぼくがこの夜、パリで同時にセックスをしていたのは、午前一時二十分から、遅くとも一時三十分ごろだったと考えられる。二人とも軽くアルコールが入っていて、薄暗がりの中で体をほてらせ、大きく開けた窓から風はそよとも吹いてこなかった。外気は重苦しく淀み、嵐をはらみ、ほとんど熱を帯びていて、涼気をもたらすというよりもじわじわと蒸し暑くのしかかってきて、それがむしろこちらの身体に力を与えてくれるかのようだった。そして深夜二時前のことーー電話が鳴った。それは確かだ。電話が鳴ったときにぼくは時計を見たからだ。しかしその夜のできごとの時間経過については、慎重を期したいと思う。何といっても事態は一人の人物の運命、あるいはその死にかかわっていた。彼が命を取りとめるかどうかはかなりのあいだ、わからないままだったのである。

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