小説むすび | 2018年11月発売

2018年11月発売

戯れの魔王戯れの魔王

出版社

文藝春秋

発売日

2018年11月21日 発売

「KUMAさんの言葉の内側には 命へのぶ厚い歓喜がへばりついている」 --井浦新さん(俳優)推薦! 甲斐駒ヶ岳の山岳地帯に作業場をかまえ、鉄のゲージツ家として活動を続けてきたオレ。後期高齢者となった今は、畑に野菜を作って猿や鹿との攻防を繰り広げ、奈良東大寺から蓮の根をわけてもらい、美しい花を咲かせるのに熱中する日々だ。 そんな作業場へ、サングラスを掛けたスキンヘッドの男たちがやってきた。 「ああ、そうか。マロの一味だな」 「はい、弟子の舞踏者です」 目をやると、テンガロンハットに黒い革のコートをまとった「中央線の魔王」が、桜の木に寄りかかっていた。オレの作品のガラスの柱を舞台に使わせてほしいと言うのだ。 「クマ、一緒に踊るか」 「オレが? マロと?」 子どもの頃から歌も踊りも苦手なオレだが、マロに「ダイジョーブ、俺が演出するんだ。素直な躰ひとつ、お持ちいただけるだけでよろしいので」とまで言われて怯むのは「私に生きる才能は残っておりません」と白旗を掲げるようなものだ。・・・ こうして白塗りのメイクで、マロが率いる舞踏集団の初舞台を踏む「戯れの魔王」。 オッカサンの死を看取り、蓮の花が開いて散るまでを見守る「蓮葬り」。 毎朝、遥拝してきた甲斐駒ヶ岳の奉仕登山にいどむ「アマテラスの踵」。 山岳の作業場に迷い込んだ瀕死の仔猫を助ける「ささらほーさら」。 泉鏡花文学賞受賞『骨風』のKUMAさん、生きる実感に満ちあふれた最新小説集。

びっくりさせてよびっくりさせてよ

主人公のジョアンは幼少時からバレエを習い、ハイスクールを卒業してプロのバレエ団に入ろうとするが、それほどのダンサーではないため、就職先が見つからない。ひょんなことからフランスの名門バレエ団の芸術監督の眼に留まり、群舞ダンサーとして雇われたが、うだつの上がらない自分に絶望する毎日だ。  ある日、バレエ団のゲストダンサーで、ロシアから来仏した天才アースランのリハーサルを盗み見するうちにその完璧さに感動し、激情にかられて彼の化粧室に忍び込み、発作のようなセックスをしてしまう。そして去り際に、自分のアメリカの住所を書き残していく。  帰国後、天才的振付家のミスターK率いるニューヨークの名門バレエ団に採用されるが、やはりここでも群舞 止まり。そんなジョアンのもとに、アースランから封書が届き始め、文通を続けるうちに彼の亡命の手助けをする羽目に陥る。冷戦時代のことで、亡命は非常に危険な行為だ(このあたりは、ヌレエフやバリシニコフなど、優秀な旧ソ連のダンサーたちの亡命事件とダブって興味深い)。  幸い、カナダ経由で亡命は成功。アースランはジョアンの運転する車に潜んでニューヨーク入りし、ジョアンと同じバレエ団から華々しくアメリカデビューを果たす。二人は同棲を始め、ジョアンは亡命を助けた恋人として“時の人”になり、ミスターKは大喜びだ(ちなみにミスターKは、ミスターBと呼ばれたあのジョージ・バランシンをイメージさせる)。  しかし二人の仲は続かなかった。天才アースランは自分と踊れない無能なジョアンに愛想をつかし、ただでさえ女好きの彼は浮気三昧の体たらく。ジョアンは捨てられ、失意のまま自暴自棄になり、昔から彼女を心から愛し、理解してくれている幼馴染のジェイコブと肉体関係を持つようになる。結果、妊娠。彼女は潔くバレエ団を辞めて結婚生活に入る。心理学者のジェイコブの仕事で一家はカリフォルニアに転居し、ジョアンはバレエスクールを主宰し、息子ハリーにも教え始める。  そのハリーは母親がアースランの元彼女であることを幼少のころから誇りに思い、この天才に憧れを抱いている。成長とともにバレエの才能を発揮し始め、16歳になるとジョアンの古巣のバレエ団で特別レッスンを受けるようにもなる。当然、大御所アースランの目にも留まり、それが要因となってジョアンの幸福な結婚生活が崩壊の危機に晒されていく。誰の目にもハリーがアースランに似すぎているのだ、容貌も才能も……。そして徐々に明かされて行くジョアンの秘密。  だが、ジョアンはこの“修羅場”を真の愛の力で乗り越えていく。想定外の衝撃のハプニングでストーリーが展開していく本書の読みどころはまさにこの点にある。ドラッグ、セックス、嫉妬が渦巻くバレエ界を突き抜けた先で、主人公はふつうの人間であることの幸せ、人を愛することの意味を見いだし、大人の女性に成長していく。彼女の生き方に沿って読み進むほどに、読者も心豊かに、目が開かれていく──これは、変ることを恐れない人間の、激情と愛情と勇気のドラマチックな物語。

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