1995年発売
様々な用途によって5タイプのセレクトが出来る本作は前作『タイム・ザ・モーション』に続いての舶来試行。まるで音のメルティング・ポットのようだがリスナー優先ではなくクリエイティヴ側の欲求解消気味。それでも、そっけない唱法ながら抑揚を加味できる天性。この才の輝きは進化。
彼女のカッコ良さは、例えばダンサブルな曲で人間くさい「血」を感じさせる点かもしれない。あるいはタイトル曲のようなゆったりしたバラードで女性らしい「強さ」を感じさせる点かもしれない。そんな両面性を随所で楽しめる通算9枚目のアルバムだ。
生誕やら没やら、話題の多いクラシック界だが、この盤も、ハンガリー出身の名指揮者、セルの「没後20年」企画の1枚。溌刺としたテンポで小気味よく音楽をうたわせている。「第9」は、第4楽章ではじめて左右の広がりと奥行きを感じる…なんだか不思議。
(2)にはセルが亡くなる直前、'70年のすばらしい再録音があるので(東芝TOCE7106)これは(1)をきくべきもの。透明でクリスタルな音色、一糸乱れぬアンサンブルは見事で、巷間いわれるほど、冷たい印象は与えず、名演だ。(2)は音像がモノ的で表情もカタい。
滅多に聴けぬグールドのショパンが面白い。彼がなぜショパンを嫌ったのか。この演奏で彼は何をしようとしたのか。そしてそれは成功したのか、失敗したのか…。他の収録曲はグールド本来のレパートリーなので、ショパンとのコントラストが興味深い。
ロマンに火がつかず苛立つウェーベルン、まるでスクリャービンのようにどろどろとうごめくラヴェルなど、グールドが決してすすんで演奏しようとしなかった作曲家の作品の未発表録音がベルクやクシェネックの名演と併録された、なんとも興味津々のCD。
グールドがご執心だった作曲家の1人にシェーンベルクがいる。解釈は調性の破壊者や20世紀音楽の創始者としてではなく、逆にロマン主義から連なる潮流の末裔としての捉え方。歌曲集だが、歌の存在感を超えてピアノが巨大な主張をするのは仕方あるまい。