2003年5月21日発売
ピアノフォルテをまるでチェンバロのように弾き込んだ驚きのバッハ演奏。10年程前に『ヴェデルニコフの芸術』としてシリーズ発売されたうちの一枚で、バジェット・プライスで再発された。マスターはモスクワ放送のモノラル音源だが鑑賞には十分なクォリティ。
膨大な『ロシア・ピアニズムの系譜』からの再発。得意としたベートーヴェンの、29番のスケールの大きさは素晴らしく、なかでも第3楽章の緊張感の持続と引き締まったロマンティシズムは最大の聴きどころだ。しかし第1番での造形美は、真の実力を見せつけられる。
ヴェデルニコフの演奏は、“音楽”の深みへ垂直に降りてゆく行為だ。推進力を生むリズムの冴え、ダイナミズムの幅やキャラクターを弾き分けるパレットの広さ、ここではそういった圧倒的なメカニックは純粋に音楽に奉仕することのみに活かされ、邪魔になることがない。★
すばらしい。鍛え抜かれたテクニックにはまったく隙がない。きわめて知的で均整のとれた音楽は、たとえようもないほどに美しくて深い。32番のアダージョ……余分な表情を削ぎ落としたエッセンスだけの世界。もう叶わない願いだが、ライヴを聴きたかった。★
驚くべきピアノである。響きを隅々までクリアに保ち、情の陰影に耽溺したり、幻想のうちに個々の音の関係を曖昧にしたりすることがない。しかも音の表情は常に凛とした生彩に満ちており、居住まいを正しつつもホレボレと聴き入ってしまう。無二の名演集。★
ロシアに残る大ピアニストの系譜とは、ソビエト体制が生んだ大きな贈りものかもしれない。生前、国外に知られることのなかったヴェデルニコフもその一人。多彩なタッチと堅固で明確な構成力を持ち味としたこのピアニストの類まれな感性の強大さがドビュッシーに現れる。
日本ではその死後、注目を集めるようになったヴェデルニコフ。ここでは生前の彼のお気に入りの録音だったスクリャービンとプロコフィエフが聴ける。確固たる自信に裏付けされ背筋のピンと伸びた演奏は素晴らしい。彼の編曲したストラヴィンスキーも聴きごたえ十分。
リヒテルとギレリスの師として高名なネイガウスのピアニズムは、プロフェッサー・タイプの手堅いものとは、およそ正反対である。即興的な表情から詩的な味わいが花開くスクリャービン、めまぐるしく気分が変転するプロコフィエフなど、いずれも名演だ。