小説むすび | 著者 : 乙川優三郎

著者 : 乙川優三郎

潜熱潜熱

出版社

徳間書店

発売日

2022年10月15日 発売

『五年の梅』で山本周五郎賞(2001年)『生きる』で直木三十五賞(02年)、『武家用心集』で中山義秀文学賞(04年)、『脊梁山脈』で大佛次郎賞(13年)、『太陽は気を失う』で芸術選奨文部科学大臣賞(16年)、『ロゴスの市』で島清恋愛文学賞を受賞(17年)など、幾多の文学賞を受賞した実力派の作家・乙川優三郎が、真っ向から挑む書くことをテーマに一人の男の魂の変遷を描く力作。 あまたの文学賞を受賞した作家が古稀を目前に挑んだ力作。テーマは書くことの意味。 書くことへの飽くなき飢えを貫いたひとりの男。昭和生まれの男が辿る平成、令和までの魂の変遷。コピーライター、作詞家、小説家へ、書くことのひりつくまでの希求は清々しくも感動的な物語となっている。 昭和三十年代、中央高速が走る信州の小さな街。野心を抱いた二人の青年は、上京を夢見る。畳屋のせがれ・相良は最初、広告代理店にもぐり込み、コピーライターとして、一歩を踏み出す。母子家庭の大庭は俳優を目指す。共同生活が始まり、大庭は俳優として屈指の劇団に合格。夢の実現への開始である。 相良は入社後10年、応募したコピーが宣伝会議賞を受賞した。コピーライターとして大きな賞もとったが、一行の表現からはみ出してしまう思いが募り、作詞の世界に自分の挑戦を見出す。そして、作詞の世界でも地歩を築きつつあったが、本や映画、ライブスポットに栄養補給を求めた。ハーフのジャズ歌手ロッティに恋し、結婚生活が始まった。 作詞家としても仕事に油の載ってきた時期、子どもが誕生し、命の連鎖を実感した。 しかし、妻のロッティが娘のジェニィを連れて母親の住む西海岸に出かけた不在時に大庭の元恋人陽子と再会。親密な関係が続いた。 やがて、娘のジェニィはロスに進学することになり、ロッティは、娘と一緒に暮らすという。離ればなれの家族の隙間を埋める愛は続くのか。 相良は妻と娘のジェニィの暮らすロスへ赴く。久しぶりに会った娘は美しく成長していたが、ロッティとの距離は埋まらないままだった。 作詞家から、小説へ創作の重点を移しつつあった頃、故郷の寺を継いだ友人・保科正道の訃報が届く。相良は小説が完成すると、宇田川陽子に送り、20年来のなじみのレストランで、向かい合う。陽子からの核心をついた感想は貴重なことばであった。 作詞家から作家へ、新人賞への応募から始めた。そして受賞、夢は…。

あの春がゆき この夏がきてあの春がゆき この夏がきて

出版社

徳間書店

発売日

2021年10月16日 発売

2001年『五年の梅』で山本周五郎賞、02年『生きる』で直木三十五賞、04年『武家用心集』で中山義秀文学賞、13年『脊梁山脈』で大佛次郎賞を受賞。1年年『『太陽は気を失う』で芸術選奨文部科学大臣賞、17年『ロゴスの市』で島清恋愛文学賞を受賞。 あらゆる賞を総なめにしてきた名手が描く美しい本! 戦後、浮浪児だった男が主人公。画家の養子となり、装幀家になる。多くの女性と出会い、別れ……。名手が紡ぐ「一人の男」 「死んだ伯父さんが言ってた。汚いものばかり見ていると目も汚れる。そんなときこそ、美しいものを探せって」神木が画家に出会ったときのその言葉が、彼の運命を変えた。 神木は忘れなかった。女性を愛し、芸術を愛しながら、浮浪児の孤独だけは忘れずにいたので、ときおり、自家中毒を起こした。 神木(こうのぎ)は、戦後、浮浪児から、画家だった養父に拾われ、「養子となった。芸大在学中、養父が死去。 全くの一人になった男が辿った道筋とは。出版社の装幀部に勤めていたが、その後、川崎にバーを経営。魅力的な女性と出会い、別れる。名手が書き下ろす一人の男の人生。 「変に優しいのよね。けっこう優しく裏切る」 彼は優しい男のまま別れようとしていた。人の人生までねじ曲げるような乱暴は好まなくなっていた。女は気を失うような刺激に飢えていたのだと思った。今の女には安堵の色が見えていた。 「私が男の人に真実を期待しすぎるのかしら、それとも男の人が私に真実を期待しないのかしら」ニューカレドニア生まれのマリエは神木の経営するバーに咲いた花だったが、とことん男を見る目がなかった。男に裏切られてきた女が見出したのは。 逗子に住む富豪夫人・漆原市子の画集装幀を依頼される。 「描いている間の自由を愉しみ、どうにか平常心を保ってきたのです。私の絵は窮屈な現実との闘いであり、逃避でもあります。ここが私の全世界」 「動機はなんであれ、突き進むのが芸術です」 戦争孤児で浮浪児だった神木は、軌跡的な出会いで、画家の養父に拾われた。浮浪児だった時、清潔な下着や靴下、自分たちを案じてくれる人の目、親の抱擁と言った温かいものに飢えていた神木は、美しいものにもそれに代わる力があるのに気づいて癒やされた。 終わりを感じる体と精神になって人生を見失い、もう一度性根を据えてなにかに懸けてみようと考えたとき、神木には美しい本をつくることしかできそうになかった。 「パリだけがフランスでないように、東京だけが日本でもない、人はその人に向いている土地というのがあるのかもしれない。そこに行き着くためにいろいろやって生きてきたような気さえする」 神木は美しい本を求め続ける。 「十年後に見ても美しいものが本物だろう、ここからが私の闘いで、愉しみなが身を削ることにもなる」

このエントリーをはてなブックマークに追加
TOP