著者 : 乙川優三郎
匂い立つ情感、大人の恋愛小説の極北 諏訪湖の花火大会の日、光岡は駅に降り立った。漆工の涼子とのつきあいは十年以上になる。二人の生が交差したきっかけは、漆器だった。シンプルで控えめな佇まいと、官能的とも思える光沢に魅かれ、光岡は盛器を購入。伝統工芸展の入賞作品であった。 そして、精神の疲れをいやす旅で、塩尻・奈良井に赴き、光岡は漆器店で作者の涼子と出会う。若い涼子の漆器創作に刺激を受け、彼は、かつて文学賞を受賞したものの、挫折していた小説執筆を再開した。 以来、二人は造形や執筆の傍ら、時に二人で憩いつつ、深い想いを育んできた。 やがて、涼子は漆芸作家として、パリで開催される漆器二人展に招聘される。もう一人は、沈金や蒔絵の輪島塗りの男性作家だという。成功したパリの二人展を契機に、光岡は人生の秋期を意識するが……。
この国の美しさは文学にある。この著者でしか味わえない格調に充ちた長篇。米兵の父は敵のミサイルの囮となり、「ニッケル」と呼ばれる戦闘機のパイロットだった。ベトナムから奇跡の生還を果たした父と日本人の母と基地で暮らすクニオは長じて日本文学に魅せられ、編集者を志す。新人と大物作家、海外翻訳家の伴走など仕事と理想に捧げた男の生涯。この著者でしか味わえない格調に充ちた長篇小説。
『五年の梅』で山本周五郎賞(2001年)『生きる』で直木三十五賞(02年)、『武家用心集』で中山義秀文学賞(04年)、『脊梁山脈』で大佛次郎賞(13年)、『太陽は気を失う』で芸術選奨文部科学大臣賞(16年)、『ロゴスの市』で島清恋愛文学賞を受賞(17年)など、幾多の文学賞を受賞した実力派の作家・乙川優三郎が、真っ向から挑む書くことをテーマに一人の男の魂の変遷を描く力作。 あまたの文学賞を受賞した作家が古稀を目前に挑んだ力作。テーマは書くことの意味。 書くことへの飽くなき飢えを貫いたひとりの男。昭和生まれの男が辿る平成、令和までの魂の変遷。コピーライター、作詞家、小説家へ、書くことのひりつくまでの希求は清々しくも感動的な物語となっている。 昭和三十年代、中央高速が走る信州の小さな街。野心を抱いた二人の青年は、上京を夢見る。畳屋のせがれ・相良は最初、広告代理店にもぐり込み、コピーライターとして、一歩を踏み出す。母子家庭の大庭は俳優を目指す。共同生活が始まり、大庭は俳優として屈指の劇団に合格。夢の実現への開始である。 相良は入社後10年、応募したコピーが宣伝会議賞を受賞した。コピーライターとして大きな賞もとったが、一行の表現からはみ出してしまう思いが募り、作詞の世界に自分の挑戦を見出す。そして、作詞の世界でも地歩を築きつつあったが、本や映画、ライブスポットに栄養補給を求めた。ハーフのジャズ歌手ロッティに恋し、結婚生活が始まった。 作詞家としても仕事に油の載ってきた時期、子どもが誕生し、命の連鎖を実感した。 しかし、妻のロッティが娘のジェニィを連れて母親の住む西海岸に出かけた不在時に大庭の元恋人陽子と再会。親密な関係が続いた。 やがて、娘のジェニィはロスに進学することになり、ロッティは、娘と一緒に暮らすという。離ればなれの家族の隙間を埋める愛は続くのか。 相良は妻と娘のジェニィの暮らすロスへ赴く。久しぶりに会った娘は美しく成長していたが、ロッティとの距離は埋まらないままだった。 作詞家から、小説へ創作の重点を移しつつあった頃、故郷の寺を継いだ友人・保科正道の訃報が届く。相良は小説が完成すると、宇田川陽子に送り、20年来のなじみのレストランで、向かい合う。陽子からの核心をついた感想は貴重なことばであった。 作詞家から作家へ、新人賞への応募から始めた。そして受賞、夢は…。
2001年『五年の梅』で山本周五郎賞、02年『生きる』で直木三十五賞、04年『武家用心集』で中山義秀文学賞、13年『脊梁山脈』で大佛次郎賞を受賞。1年年『『太陽は気を失う』で芸術選奨文部科学大臣賞、17年『ロゴスの市』で島清恋愛文学賞を受賞。 あらゆる賞を総なめにしてきた名手が描く美しい本! 戦後、浮浪児だった男が主人公。画家の養子となり、装幀家になる。多くの女性と出会い、別れ……。名手が紡ぐ「一人の男」 「死んだ伯父さんが言ってた。汚いものばかり見ていると目も汚れる。そんなときこそ、美しいものを探せって」神木が画家に出会ったときのその言葉が、彼の運命を変えた。 神木は忘れなかった。女性を愛し、芸術を愛しながら、浮浪児の孤独だけは忘れずにいたので、ときおり、自家中毒を起こした。 神木(こうのぎ)は、戦後、浮浪児から、画家だった養父に拾われ、「養子となった。芸大在学中、養父が死去。 全くの一人になった男が辿った道筋とは。出版社の装幀部に勤めていたが、その後、川崎にバーを経営。魅力的な女性と出会い、別れる。名手が書き下ろす一人の男の人生。 「変に優しいのよね。けっこう優しく裏切る」 彼は優しい男のまま別れようとしていた。人の人生までねじ曲げるような乱暴は好まなくなっていた。女は気を失うような刺激に飢えていたのだと思った。今の女には安堵の色が見えていた。 「私が男の人に真実を期待しすぎるのかしら、それとも男の人が私に真実を期待しないのかしら」ニューカレドニア生まれのマリエは神木の経営するバーに咲いた花だったが、とことん男を見る目がなかった。男に裏切られてきた女が見出したのは。 逗子に住む富豪夫人・漆原市子の画集装幀を依頼される。 「描いている間の自由を愉しみ、どうにか平常心を保ってきたのです。私の絵は窮屈な現実との闘いであり、逃避でもあります。ここが私の全世界」 「動機はなんであれ、突き進むのが芸術です」 戦争孤児で浮浪児だった神木は、軌跡的な出会いで、画家の養父に拾われた。浮浪児だった時、清潔な下着や靴下、自分たちを案じてくれる人の目、親の抱擁と言った温かいものに飢えていた神木は、美しいものにもそれに代わる力があるのに気づいて癒やされた。 終わりを感じる体と精神になって人生を見失い、もう一度性根を据えてなにかに懸けてみようと考えたとき、神木には美しい本をつくることしかできそうになかった。 「パリだけがフランスでないように、東京だけが日本でもない、人はその人に向いている土地というのがあるのかもしれない。そこに行き着くためにいろいろやって生きてきたような気さえする」 神木は美しい本を求め続ける。 「十年後に見ても美しいものが本物だろう、ここからが私の闘いで、愉しみなが身を削ることにもなる」
満足? 後悔? 愉悦? 絶望? 人生の黄昏を迎えるとき、人は自らの来し方をどう捉えるでしょうか。 長く別居して年一回の対面を重ねる夫婦、 定年間近の独身男の婚活、 還暦過ぎの女友達二人、 かつて交際していたアイドル歌手同士の再会……。 乙川さんの新作は、誰の身にも起こり得る人生模様を端正な文章で紡ぎます。 時代小説から現代に小説の舞台を移してからも大佛次郎賞、芸術選奨文部科学大臣賞、島清恋愛文学賞など数々の評価を得ている筆者による9つの物語。
房総半島に工房を構える若手女性染色家、レイ・市東・ヴィラセニョール。父から継いだフィリピンの血と母からの日本。鮮烈な色が評価され始めた矢先、父は病身をおして祖国へ帰ると言いだす。何が彼を駆り立てるのか。染色の可能性を探求し、型にはまった「日本らしさ」に挑むレイが、苛酷な家族の歴史を知ったとき選択した道とは。美しく深みのある筆致で女性の闘いを描き出す傑作長編。
寡作ながら、今まで素晴らしい作品を 生み出してきた乙川優三郎が、 まさに“今”世に贈る短編集! 圧倒的な筆致で、数々の賞を総なめにしてきた 乙川優三郎の真骨頂は、心にしみる短編にある。 乙川は、「悲しみ、苦しみのないものを書こうとは 思わない」という意図のもと、 楽しいだけの話ではなく、 「苦しみの末のハッピーエンドを予感させる物語」 を描く。 「そして人生は続く」という言葉が 読後に余韻として漂う8篇の傑作短篇集。
戦後の房総半島からヨーロッパ、アジア、そして日本で。そこでは灰色の人生も輝き、沸々と命が燃えていた。あのとき、自分を生きる日々がはじまったーー。縁あって若い者と語らううち、作家高橋光洋の古い記憶のフィルムがまわり始める。戦後、父と母を失い、家庭は崩壊、就職先で垣間見た社会の表裏、未だ見ぬものに憧れて漂泊したパリ、コスタ・デル・ソル、フィリピンの日々と異国で生きる人々、40歳の死線を越えてからのデビュー、生みの苦しみ。著者の原点と歳月を刻む書下ろし長篇。
書下ろし長篇(12月刊)と連続刊行! 著者の原点と歳月を刻む記念碑的長篇。時に人は過ぎ去った日々から思いもかけない喜びを受け取ることがある。だからだろうか、響子は新たな世界へ繰り出し、追い求めた。完璧に美しい小説と馴れ合いでない書評を、カクテルのコンペティション、数十年来のパートナーとの休らいを。『この地上において私たちを満足させるもの』(12月刊)と対をなす長篇小説。
「肺がこんなきれいな空気で満たされた恋愛小説、初めて読んだ気がする」と書評家・温水ゆかりさんが絶賛した 傑作恋愛小説! 昭和55年、弘之と悠子は、大学のキャンバスで出会う。その後、翻訳家と同時通訳として、二人は闘い、愛し合い、そしてすれ違う。数十年の歳月をかけて、切なく通い合う男と女。運命は苛酷で、哀しくやさしい。異なる言語を翻訳するせめぎ合い、そして、男と女の意表をつく”ある愛のかたち”とは?
あの日、私はあと十五分も土手でぼんやりしていたら、津波に吞まれていたかもしれない。奇跡のような十五分に恵まれた自分と、そうでない人とを比べて思うーー。 福島県の実家で震災に遭遇した女性の実人生に基づく表題作をはじめ、ままならない人生を直視する市井の人々を描いた大人のための名品14篇。 第66回芸術選奨文部科学大臣賞受賞作
ようやく築いた生活とジャズの夢を奪われるマーキス/アメリカ。大切な人生の仲間と自負を失うワイン農家のホセ/スペイン。銃をとり、人買いの手から娼婦の妹を守るマルコ/フィリピン。北米、ヨーロッパ、アジアの国々の参戦、そして日本。地球規模のパワーゲームが私たちに強いるであろう決断と残懐。小説には力があると信じられる12篇!
房総半島の海辺にある小さな街で生きる居場所を探し立ちつくす男と女。元海女、異国の女、新築に独り暮らす主婦、孤独なジャズピアニスト。離婚後に癌を発症した女は自分で自分を取り戻す覚悟を決め、ヌードモデルのアルバイトを始めた郵便局の女は、夜の街を疾走する……。しがらみ、未練、思うようにならない人生。それでも人には、一瞬の輝きが訪れる。珠玉としか言いようのない13篇。
上海留学中に応召し、日本へ復員する列車の中で、矢田部は偶然出会った小椋に窮地を救われる。復員後、その恩人を探す途次、男が木地師であることを知った矢田部は、信州や東北の深山に分け入る。彼らは俗世間から離れ、独自の文化を築いていた。山間を旅するうち、矢田部は二人の女性に心を惹かれ、戦争で失われた生の実感を取り戻していく……。絶賛を浴びた著者初の現代長編。
くるりとした大きな目と赤い頬、六歳の義妹・花哉は魚の“喜知次”を思わせた。五百石取り祐筆頭の嫡男・日野小太郎に妹ができたころ、藩内は派閥闘争が影を落していた。友人の牛尾台助の父は郡方で、頻発する百姓一揆のため不在がちという。鈴木猪平は父親を暗殺され、仇討を誓っている。武士として、藩政改革に目覚めた小太郎の成長と転封の苦難、妹への思慕をからめて描く清冽な時代長篇!
老いた海女、落魄のピアニスト、ライムポトスと裸婦、家に辿りついた異国の女…。房総半島の小さな街で何かを見つけ、あるいは別れを告げようとしている男と女たち。夕闇のテラス、シングルトーンの旋律…。歓楽の乏しい灯りが海辺を染める頃、ありえたかもしれない自分を想う。『脊梁山脈』で「戦後」を描き、大佛次郎賞に輝いた著者の「現代」小説。