著者 : 井上光晴
東京で学生をしていた仲代庫男は空襲で焼け出され、列車で佐世保の実家へ向かう途上、同年輩の芹沢治子と出会う。長崎の浦上に住むという治子と庫男は文通を始めるが、“新型爆弾”により治子の消息は不明にー。一瞬にして未来を断たれた原爆被害者、日本人であることを強いながら差別される朝鮮人炭鉱労働者、敗戦前から英語の辞書を買い漁っていた抜け目ない同級生…戦争によって生まれたさまざまな矛盾や理不尽を、富国強兵の象徴であった旧佐世保海軍工廠250トン起重機(クレーン)になぞらえてあぶり出した名作。
原子力発電所をかかえる閉鎖的な地域社会のなかで起きた一件の不審火。原発の危険性と経済的依存との葛藤を劇的に描きつつ、“原爆文学”と“原発文学”とを深く結びつけた記念碑的労作「西海原子力発電所」。チェルノブイリ原発事故を受け、核廃棄物輸送事故による被曝と避難生活がもたらした生活の破壊と人間の崩壊を予言した「輸送」。3・11原発事故を経験した現在から、先駆的“核”文学はいかに読み解かれるか。
21世紀初頭。九州の佐世保港と五島列島の中間に位置する青方開放刑務所には、「ラスプーチン」=羅南元春、「フリスキー」=明野由行ら怪しげな人々が収容されていた。ある日、海を隔てたところにある、予防拘置所のある立島刑務所で暴動が起きたという噂がたった。青方内の人間関係も、急変する。裏切り、密告、スパイ。真実かどうかもわからない情報に踊らされ、やがて…。権力と対峙し、真の自由を問う力作長篇小説。
朝鮮戦争下の基地佐世保の地下監房にとらわれた日本人労働者、朝鮮人の男女ー。彼、彼女らへの執拗な訊問、蘇える記憶などが交錯しあう中からうかぶ戦争犯罪の本質と、内面の真実。実験的手法を駆使した井上文学中期の代表作。
原爆投下の前日8月8日、長崎の街にはいま現在そこに住む人々と、おなじ人間の暮らしがあった。結婚式を挙げた新郎新婦、刑務所に収監された夫に接見する妻、難産の末に子供を産む妊婦…など。愛し傷つき勇気を奮い起こし、悲喜こもごも生きる人々を突然に襲う運命の《明日》。人間の存在を問い、核時代の《今日》を鮮烈に描く長篇。第29回青少年読書感想文全国コンクール・高校の部『課題図書』。