著者 : 多岐川恭
過度な自己破壊衝動を持つ男は最愛の妻を得ることで生きる意味を見出したかに思えたが、主治医の男と妻の関係に疑念を抱く(「落ちる」)。うだつの上がらない万年平行員の宿直当番中に銃を持った強盗が現れた。その意外な顛末とは?(「ある脅迫」)。サスペンスからユーモア、本格推理、叙情豊かな青春までバラエティに富む昭和ミステリの傑作短篇集。単行本未収録作「砂丘にて」収録。
貧しい御家人の次男坊の善吉に、願ってもない婿養子の口が舞い込んだ。相手は黒門町の馬具屋で、蔵には千両箱が唸っているという。娘の器量も申し分なく、あっさりと二本差しを捨てて町人に鞍替えした善吉だったが、家中にはどろどろの男女男係が渦巻き、果たは刃傷沙汰まで…。作者の小説巧者ぶりを存分に発揮した諧謔と機知溢れる表題作をはじめ全七編収録。
相手が大名だろうが、何だろうが恐いものなし。ご存知、数寄屋坊主の河内山宗俊。練塀小路にある宗俊の屋敷には、彼を慕う悪党どもが、日毎、ゆすりたかりのネタを持ち込んでいた。大仕掛けの絵図を描き、真の悪人の弱みを握り懲らしめる宗俊。そんな男気あふれる彼の裏をかく、凄腕の奴も現れて…。色と欲に彩られた男女の、二転三転の成り行き。江戸情緒のなかに悪の美学が冴える。連作ピカレスク・ロマン。
三条河原の刑場で、油が煮えたつ大釜に投ぜられようとしているのは、大盗賊の石川五右衛門だった。高貴な女人との恋を得ようと内裏に忍び込み、彼女たちを辱めたもののうまくゆかず、失意にあった彼に、秀吉の暗殺とひきかえの任官話が持ちかけられた…。彼の胸中を知ってか知らずか、四人の男女が、いまそれぞれの思いを秘めて見つめていた。表題作他、己の価値観で生きる人々の時代短篇集。
尼寺の離れに独り暮しのお源は、若い女高利貸し。情なしお源だの、夜叉のお源だのと悪名高い。面長の顔に白粉っけもないが、スラリとした姿。見る目のある人に言わせれば、すこぶるいい女らしいのだが、小気味のいい、情容赦のない取り立てで、江戸の町にその名をとどろかせている。そんな非情なはずのお源が、隠れて庶民たちの暮しを助け、彼らが巻き込まれる難事件を解決していく。時代推理の醍醐味。
理由ありの男と女の難事件にめっぽう強いのが、お乱姐さん。露草寺に住みつく住職、虚無僧と、若い二人の妹分とともに、岡っ引の鎌吉親分を助けての大活躍。不審な夫婦心中や、マムシを使った“責め”の末の妾殺し(?)などが、彼女たちの周りに次々と起こりー。お乱は、艶然とした美貌と持ち前の推理力で、事件にかかわる人々の嘘を見抜き、色と金でもつれにもつれた男女の謎を痛快に解き明かしていく。
浅草黒船町の小間物屋「紅屋」の女あるじお乱は、美人でお侠で艶っぽく、皆が振り返るほどの女っぷり。そんな美女が大の捕物好きときた。今日も馴染みの破れ寺に通っては、そこに住みつく、いわくありげな生臭坊主や虚無僧と、事件の推理に花を咲かす。寺に来てはなにかと憎まれ口をきく岡っ引の鎌吉親分も、彼女たちのおかげで大手柄の連続。お乱たちのからだをはった探索で、次々と事件のからくりが明らかに。
ゆすりたかりに押し込み、殺しで、獄門となるはずだった囚人・音次。が、市中引廻しの最中に、なぜか縄が解けて脱走する。牢屋同心は責任をとって切腹、その息子・角之助は、父の仇を討つため、岡っ引の子分となって音次の行方を探す。次々と裏切り者を始末する音次と追いつめる角之助、二人をめぐる女たち。悪の巣と化した邪淫寺を舞台に、江戸の闇を描くピカレスク時代長編。
ならず者の銀平は、山谷の茶屋女、お紋のヒモ。美人局で江戸を荒し回った挙げ句、長崎行きを思い立った。母親と自分を捨て長崎で海産物問屋を営む父親を強請ろうというのだ。一方、お紋にも当てがないわけではなかった。馴染みだった役人が確か長崎に行っているはずだ…。ニヒルな二人の腐れ縁を描く表題作等十一編。市井に生きる男女の愛欲を推理短編の手法で活写する時代小説集。
社寺の境内で、大道芸を演じて生計を立てている塚野金三郎。実は、剣にかけては、なかなかの腕利き。ある日彼は、奥州某藩の侍に、藩士として他藩との試合に出てくれと頼まれる。勝てば一両二分、負けても二分はくれると言う。ところが、相手方の藩士からも、負けてくれれば二両やるが、と誘われて…。さて、金三郎が獲得した礼金は?味わい豊かな傑作時代小説集。
湯島妻恋町の裏通り、明け方から夕暮れまで日が差さず、お先真っ暗な連中が肩寄せ住まう、人呼んで暗闇小路。その小路に越してきた、いかにもわけありの娘・お春が押し込み強盗に襲われ、伝家の観音像を奪われた。手習いの師匠で糊口する浪人者、島小平は思うところあって、お春の窮状に手を貸す。観音像は誰の手に渡ったのか、また像に隠された秘密とは?波瀾万丈の娯楽時代小説。
倦怠すら感じる日常の、男と女のあやふやな関係の隙間にフッと忍び寄る、恐怖の、犯罪の魔手のそれぞれを、的確な砥ぎ澄まされた著者独自の人間観察眼で追いながら、つねに充実のミステリーとして創造しつづける名手・多岐川恭のミステリーランド第4弾。
平凡な日常の男女関係ですらミステリアスなものであるが、ひとたび愛憎の情がからめば、その関係は犯罪へと向かう。そんな人間の葛藤に冷徹な眼を向け、打算のみで動く今の社会を抉り、興味津々なエンターテイメントとして造り上げる名手・多岐川恭の傑作ミステリー第3弾。
半太の稼業は珍しい。十手を持っているわけでも、縄張りがあるのでもない。それでも、岡っ引と言うしかない。道中をかけながらでも、難事件で頭をかかえこんでいる親分の、助っ人を買って出るのだ。持ち前の頭の良さと、年季のはいった鉄鎖の腕を使って事件を解決しては、稼ぐのだ。三吉親分の助っ人に当ったのは、浅草の堀田原で殺された若い女の死体に、猿が乗っていた、という事件だった!?傑作捕物帖。
現代社会の裏面と闇にうごめく“悪”に切り込み、おぞましいまでの人間の営みをもさらけ出さずにはおかない鋭利な視点をもって、男女の葛藤とその深層に迫り、ミステリーの手法を駆使して創造する名手の珠玉傑作群。
三味線片手に、諸国を旅して歩く門付け女、お丹。息をのむほど美しい新内の名手。彼女を一目見た男は、すべて艶やかな色香の虜になってしまう。ところが実は、無類の力持ち。東海道の宿々で、美貌と怪力にもの言わせ、近寄る男たちを手玉にとりつつ、荒稼ぎ。御金蔵破りの助っ人やら、山賊、果ては大名の姫君の替え玉役まで、奔放に生きる怪美女の痛快旅日記。
美貌の人妻・瀬戸溶子が突然消えた。が、ある夕刊の風景写真の中に彼女によく似た女が仙台の街を背景に映し出されていた。やがて杜の都・仙台と鳴子峡で連続殺人事件が発生。溶子の謎の正体とは。溶子を追う数人の怪しげな男たち。探偵役のカメラマンと女子大生が最後に見た恐怖の大どんでん返しとは?
表向きは平凡な草紙屋、その実、謀事に抜かりなく、剣の腕も確かな悪党、巽屋孫兵衛。彼が墓守の卯平、女髪結いのお徳、遊女のお新、元浪人の妻お京といった、ひと癖もふた癖もある面々を率い、色と欲にボケた亡者どもを、あの手この手で引っ掛け、騙し、有り金残らず巻き上げるー江戸は深川界隅を舞台に繰り広げられる、痛快なダーティー・トリック・ストーリー10編。
売れないタレントの鳩村八一は、ある夜ふとしたことから、美貌の人妻と巡り合う。罠にはまり、夫殺しの容疑で追われているという。その女・岡部安芸子の妖しい魅力にひかれた鳩村は、彼女の無実を晴らすため、真犯人捜しを決心するが、事件は意外な方向へ…。計られたのは牡か、牝か。人間心理の謎を抉る傑作長編推理。