著者 : 山本昌代
「まるでお稚児さんのようだ」と言われて育った小柄で色白な青年・一。彼と両親、姉、姉の恋人、妻との関係は、微妙にずれながら日々つながっている。酒をモチーフに、現代人の透明な孤独を映し出す連作長篇。
三木助についちゃあ、話せないことの方が多いよ、特に若い頃は。当時高座名より“隼の七”って名で通ってた。鉄火場での渾名だよ、丁半賭博。そのうち踊りの師匠になっちまって、そこで後のおかみさんと知り合ったんだ。この人と出会ってなけりゃ、どうなったかわからない。芸も人気も上り坂だなと思ってたら、死んじまった。あっけなかったな。敵も多い人だったけど、腰が低くて憎めない感じだった。小兵だが、男前でね-。「芝浜」の名人芸で知られた噺家の生と死。
おっとりした姉・可季子と重い病いを抱えながらも、のびやかな妹・鱈子さん。父母姉妹での穏やかな生活に、父の病いという思わぬ波紋が広がり…。家族という日常の不思議と夢のリアリズムを静穏な筆で描いた三島賞受賞作。
能の名作「善知島(うとう)」を素材に、人間存在の無明の深淵をあざやかに浮き彫りにした表題の傑作のほか、古典より材を得て、自在かつ縦横に小説世界を構築した、人間凝視の鋭さに満ちた著者の代表的短篇集の待望の文庫化。
いいなずけを恋するあまり、いちばん美しい死に方をさせずにはいられなかった古着屋の娘。生身の女よりも他人様の描いた美人画に惚れぬいたが故、その代筆に精魂傾ける絵師。呉服屋の醜怪な娘と、思わぬ密通を重ねる奉公人。-江戸という時代の日常に、息づいてあった不思議な「成り行き」を、気負わず飄々と、さりげない書きぶりで物語り、人間の真相を浮かびあがらせた佳篇3話。
幼年期より神童と呼ばれ、さまざまな学問に精通、また初めてエレキテルを発明し、晩年は戯作者として時の人となった江戸中期の天才・平賀源内。その奇怪な人生を同時代人の杉田玄白や司馬江漢らとの交流の中に描いた傑作小説。
息子一家宅に居候中のおばあちゃんは、嫁に嫌味半分聞かされた、姥捨野とやらに想いを致しては、その奇妙な響きを反芻してみる。デンデラ野、デンデラ野、と…。老人問題、妻の蒸発、家庭内暴力といった、現代人の日常に忍び込む、ごく今日的な出来事に材をとりながら、生きてあることの不可解さ、哀しさ、滑稽さ、そして黒々と深い一瞬の闇を、鮮烈かつ軽妙な筆致で捉えた傑作3篇。
「あたし、成仏できないうちはちょいちょい来るよ、他に行くとこもないからね」好きで一緒になった女房のしづ子が死んで一年。新しい女房は貰わないという約束を破った壮太郎のもとに、初夏の宵…。気鋭の女性作家の話題作。
棟割り長屋で三食店屋物、絵以外は一切お構いなくで奔放自在に生きる北斎父娘。父の代筆もする娘・応為の飄々とした生きっぷりを江戸戯作者風才筆で活写し、文学に新しい風を吹きいれた文芸賞受賞作。
みちのくの外ヶ浜という浜に、善知鳥という名の珍が棲むという。自分を狩った猟師を、地獄で迎える鳥だそうだ。生きてる時は、黒い柔らかな羽毛に包まれた、お腹の真白なかわいい鳥だ。殺されると、恐ろしい金属の化鳥に変わる。嘴を鳴らして、猟師の肉を裂き、骨をつついて、どこまでも追い廻す。…表題作より。語りのたくらみによって物語の妖しい戯れを紡ぎ出す待望の短篇集。