著者 : 有吉玉青
大学院でサルトルを学ぶ中条珠絵は、亡き祖母と母と暮らした一軒家で一人暮らしを続けていた。生後すぐに母は離婚し、父とは二十数年会っていなかったが、ある日、伯父から再会を勧められる。迷った末に銀座のバーで出会うが、なりゆきから娘と名乗らないままに食事を重ね、恋愛にも似た感情を覚える。自身の結婚を機に、改めて父娘としての再会を果たすも、二人には共通の思い出がないことに気づく。郷里への旅や父の闘病を経て、ようやくたどり着いた父娘の在り方とはー。二十数年ぶりに出会う父娘の再生の物語。著者の自伝的フィクション。
母親を亡くした8歳の秋雨が美妙の家に引き取られたのは、彼女が15歳の時だった。辛くあたる母から秋雨を庇ううちに姉弟という間柄を超えていくようであったが、その思いをずっと胸に秘めたまま、出会いから五十五年となるその日、美妙は娘夫婦と孫娘が起き出す前に、取り壊しが決まった家へと向かうー。
高校時代からの友人男子三人組がオランダを旅する中でフェルメールをめぐる互いの秘密に気づく「アムステルダムたち」。一人パリを訪れた女性が、亡き母の友人であるフランス人女性と再会し、彼女と母との意外な関係を知る「秋の休暇」。愛する妻を失い、その魂に誘われるまま南へと進路をとりスペインを旅する「南へ…!」。ほかに、チューリッヒ、プラハ、ヴェネツィア、ハワイへと舞台を移し、異国の地で繰り広げられる人間ドラマと旅人の心の変化を描く珠玉の全七編。美術、映画に造詣の深い筆者ならではの細部に渡る巧みな描写も魅力。
大学院でフランス文学を専攻する瀬川柚葉は、智Qこと松木智久という恋人がいながら、指導教官、岩渕とも密かな関係を続けていた。どちらとの関係にも満たされない中、柚葉は岩渕との別れを決意。しかし岩渕は、柚葉を息子ルイの家庭教師に迎え、つなぎとめる。そんな夫と柚葉の関係に気づきながらも平静を装う岩渕の妻、麗子。彼女にもまた若き愛人、五郎がいた。柚葉、智Q、岩渕、麗子、五郎、そして智Qを慕う女子大生も巻き込んで複雑に絡み合う愛憎模様。いくつもの愛がぶつかるとき、それぞれの心の真実が明らかに。そして、その愛は衝撃的ラストを迎える。
大きらいな幼なじみに、なぜだかときめくカンナ。教室で浮いた存在の不良にあこがれる和馬。親友の家庭事情を知った千里。音楽教師に心を寄せる哲平。母の愛人に恋する愛。クラスメートの死を受け止める三人の男の子。さまざまな状況に、真っ直ぐ本音でぶつかっていく子供たち。大人になって失ってしまった感覚を、鋭く冷静な視点で浮かび上がらせる六編。
情趣溢れる街並み、思わず息をひそめて見た美術館の絵画、ふとした出会い、大切なひととの思い出、自分を見つめ直した夜…。旅の情緒と、旅先の人間模様が、心温まる描写とともに美しく繰り広げられる七編の物語。
両親がものごころつく前に離婚して母の手で育てられた美名子は、父の不在を寂しいと思ったことはなかった。母の表情からすべてを鋭敏に感じ取った幼い日、その話題を自らタブーとしたが、大人になり父がすでに亡くなっていることを偶然知ってから、その存在が大きくなって…。人と人の絆を描いた連作集。
日曜夕月のハチ公前、夜の円山町、昼下がりの公園通り。この街の喧騒の中、神様は別人の顔をしてやってくる。出会い系サイトで知り合ったサラリーマンと中学生、デートをすっぽかされた女子高生とスカウトマン、年下の彼と破局寸前のバツイチOL。彼らの人生がふと“つながる”瞬間とはー見えない何かを信じたくなる、心温まる群像小説。
もの心ついたときに、父はいなかった。それは寂しいことではなかった-。美名子と母のあいだにある、ふれられない空白。そこには、いつも「不在の父」がいた。現代を生きるひとりの女性の姿を、思春期から40代までの心の軌跡をとおし語る六篇の物語。とまどいながら、その先に見つかる心の本当のかたちを、美しい文章と丁寧な心理描写で描き出した「絆の物語」。