著者 : 渡辺淳一
死化粧を施され、死装束を着せられた母は、静かな美しさをたたえていた。そして母の脳だけが標本として残された。(「死化粧」)。末期癌患者を診ながら、医者である私は、癌告知をしたものかと頭を悩ませていた(「訪れ」)。医局で初めての心臓移植手術。死に瀕した患者の心臓提供を説得する立場に立った医師(「ダブル・ハート」)。人間の病と生命の果て、肉体の意味とを、医師の視座から描いた初期の傑作医療短篇集。
札幌医科大学で行われた心臓移植手術をきっかけに、同大整形外科講師の椅子を捨て、作家として身をたてるべく単身上京した青年。その不安と焦燥の日々をリリカルに描いた「四月の風見鶏」は、流行作家・渡辺淳一誕生の原点ともいえる自伝的作品。ほかに「聴診器」「球菌を追え」「葡萄」など、医師たちを主人公に深い洞察力で人間の本質を描いた医療小説の名作集。埋もれていた未発表作も初収録。
出版社に勤務する久木は、書道講師で人妻の、凛子と出会う。逢瀬を重ねるごとに淑やかな凛子は、いつしか性の歓びの底知れない深みに囚われていく。まさしく愛にも「時分の花」がある。今、圧倒的な愛もやがてうつろう。そんな不安と恐怖にかられたふたりが、愛の頂点で選んだ、衝撃の結末とは?
50代の作家、安芸隆之は、着物デザイナーで夫と子どものいる浅見抄子に出会い恋に落ちる。失われつつある日本の美しさを求めて、ふたりは早春の熱海、春の吉野、秋の奈良、冬の阿寒、摩周を旅する。旅路の果て、北国の別荘で、降りしきる雪に閉じ込められたふたりは…。互いを思いやる心が切ない大人の純愛小説。
愛は、ひとひらの雪にも似て、儚いものなのか?著名な建築家、伊織祥一郎は、妻子とは別居中。秘書の笙子と不倫関係にありながら学生時代の友人の妹、霞にも惹かれていく。一方、霞には年の離れた夫がいる。複雑に絡み合う愛の行方。結婚とは?愛の持続とは?深く考えさせられる1冊。
女に学問はいらないという風潮が残る明治初期、医学の道を志した女性がいた。日本最初の女医・荻野吟子である。夫に膿淋をうつされた屈辱と痛みから、同じ悩みをもつ女性を救うべく、かたくなな偏見と障害を乗り越え、医師の資格を取得し、医院を開業。やがて、婦人問題に取り組む社会活動にも参加していく。数奇な運命に満ちた愛と苦悩の生涯を医師出身の著者が、情熱と共感をもって描く評伝小説。
京都の輸血センターで検査技師として働く迪子は、恋人と別れた後既婚者である上司、阿久津に強く惹かれていく。初夏から野わけの候の、美しい京都を舞台に、不倫の愛につきまとう喜びと苦しみ、底知れない虚しさを、卓越したリアリティーで描く。
優秀な外科医としての将来を捨て、個人病院の医師となった直江庸介。影をもつニヒルな彼に惹かれていく看護師の倫子。酒に酔い、女に溺れる直江の胸の底には、ある秘密が隠されていた。医療の世界を舞台に美しい文体で「愛と死」の本質に迫る代表作。
男は、まだ見ぬ女の名前に焦がれていたー。後に、偶然の出逢いから結ばれる有津と佐衣子。薄紫のリラの花咲く初夏の札幌を舞台に、許されない愛の行方を流麗な文体で描いた長編小説。北のロマン・北海道編。
純子が本当に愛したのは誰だったのか?天才少女画家と呼ばれた純子が阿寒に消えてから20年。作家となった「私」は、彼女をめぐる4人の男たちに会い、その死の真相を探ろうとする。清冽な北国の空気が胸に痛い瑞々しい作品。北のロマン・北海道編。
阿寒湖を見下ろす雪の峠で、天才少女画家・時任純子は美しい遺体となって発見された。十八歳という若さで、彼女はなぜ自ら死を選んだのか。彼女が一番愛したのは誰だったのか。彼女に深く関わった六人の視点から描き出す、少女の鮮烈な人生。愛と死で華麗に彩られる渡辺文学の礎となった自伝的小説。
国家試験に合格し、新米医師としての生活をスタートさせた高村伸夫。地下の研究室で実験に明け暮れる日々が続いた。大学院で博士の学位を取得するまでの生活が綿密な記述と迫真の筆致で描かれている。自伝的大河小説第3弾。
酒と女に溺れる直江の秘密に気づいた倫子だが…。優秀だが、どこか影のある孤独な外科医・直江が最後に選んだ道は…。人間の弱さとどうしようもない運命にさいなまれながら生きる男と女の生き様を描いた渡辺文学を代表する傑作。
東京下町の個人病院に勤務することになった円乗寺優先生。堅苦しい大学病院から逃れてやって来た。専門は外科だが、内科、婦人科、何でも診ることとなる。酒好きな先生は、ある晩近くの寿司屋に入ったが、店の青年が自分の患者であることに気づく。彼は他人には言えない病気の持ち主だったー人情味あふれる仁術先生の診察と活躍を描く異色のメディカル・ユーモア小説。未刊行作品、ここに初登場!
師の坪内逍遙たちと、日本に新劇の運動を起こした早稲田大学教授・島村抱月。彼らがはじめた演劇学校の一期生に合格した松井須磨子。彼によって内に秘めた非凡な才能を見出された彼女は、カチューシャを演じ、ノラを演じるごとに見紛うほど美しい女優へと化身していく。二人の間には愛が芽生え…。近代演劇の夜明け、スキャンダルな愛に一途に燃えた抱月と須磨子を描いた著者入魂の長編小説。
自堕落にして借金魔。しかし、その一方で、寝食を忘れるほど研究に没頭し、貧農の倅という出自の壁、幼少期の火傷によって負った左手のハンディ、日本人に対する西洋人の蔑視を撥ね除けた。偉人伝の陰で長く封印されていた野口英世の生身の姿を、見事に蘇らせた傑作伝記長編。第十四回吉川英治文学賞受賞作品。
日本では将来が望めない。無鉄砲に、単身渡米した野口英世。そんな彼に実力重視の米国は肌に合い、やがて新進気鋭の学者として世界中の注目を浴びる。日本への凱旋、老母との涙の再会。まさに立志伝中の人となるも、提唱した理論が揺らぎ、黄熱病の研究で再証明を試みるがー。野口の栄光と最期を描いた傑作伝記。
学問のためという一念で、妻の肉体を人体実験に供する町医者。未知の分野であった人体解剖の彩色図を、憑かれたように描く絵師。娼館設置をめぐり、ロシア人に遊女たちの性病検査を迫られ苦慮する長崎奉行所の役人。幕末から明治にかける近代日本黎明期の医学秘話五篇を収録。第十四回吉川英治文学賞受賞作品。