著者 : 渡辺淳一
定年後のバラ色の人生を信じていた威一郎を待っていたのは、家族との深い溝だった。娘は独立、妻は家を出てしまい、残ったものは犬のコウタロウだけだった。現代の夫婦像を見つめた異色の長篇。 (解説/藤田宜永)
かつて著者が勤めた札幌医科大学病院に入院しながら、「短歌研究」第一回五十首詠募集の特選となり、颯爽と中央歌壇に現れた新星・中城ふみ子。歌集『乳房喪失』は大反響を呼び、昭和短歌史にその名を刻むが、すでに乳癌で両方の乳房を切除していた彼女は死の床にあった。それでも恋に堕ち、性の深みに堕ちてゆく。美貌と才能に恵まれ、短くも激しい生命を燃やして31歳で夭折した歌人の愛と生の遍歴。
著名な建築家の伊織祥一郎は、妻子と別居して青山のマンションで独り暮らしをしていた。部下である笙子という恋人がいながら、霞という人妻と出逢う。茶室の横に咲く佗助のように控え目なのに、豪奢で豊饒な余韻がある。そんな彼女に心を奪われ、秘やかに愛を育む。奈良へ旅立ち、霞は激しく燃える。だが、伊織は笙子との関係も切れずにいた。ふたりの女性のはざまで揺れる男心を描いた不滅の名作。
妻との離婚が現実のものとなっていくなか、伊織は霞をともなってヨーロッパへ旅立つ。性愛の極みを次第に昇りつめる霞、徐々に離れていこうとする笙子。どちらを本当に愛しているのか。結論を出せない伊織。移ろいゆく季節とともに、ひとつ、またひとつ、愛は去っていくものなのか。甘美なまでの愉楽。烈しくも雅やかな情痴。切なく、はかない男と女の結びつき。究極の愛を謳いあげた代表作。
人気の文芸評論家である秋葉大三郎は、妻子と別れ、史子という女性とつき合っていた。ある日、銀座のクラブで働く、遥かに若い霧子と運命の出逢いをする。鯖の味噌煮が好きだという初心な霧子が秘めた女としての蕾に心惹かれ、和の食や風物を教え、ともに旅をし、理想の女性として変貌させようとひたすら愛を注ぐ。そして彼女は大いに成熟していくのであった。華麗なる絵巻物のような男女小説の傑作。
帽子デザイナーの木之内冬子は、28歳で子宮摘出の手術を受けた。かつての愛人で有名建築家の貴志祐一郎とよりを戻すが、女としての魅力をなくしてしまったのではないかと煩悶する。やがて、別れを決意するが…。店の顧客である教授夫人との同性愛体験、貴志の部下からの求愛など、様々な愛の経験を通じて女としての歓びを取り戻していく。限りなき性の悦楽と女性再生への葛藤を描いた異色の大作。おとなの恋愛小説コレクション第3弾。
作家・安芸隆之は着物デザイナー・浅見抄子と出会った。互いに家庭を持つ身ながら、春めく伊豆の宿、桜花爛漫の吉野と京都、初夏の石狩平野と逢瀬を重ね、深く結ばれる。夫の存在をよそに二人の恋は燃えさかる。彼女が妊娠する。愛の逃避行は紅葉の飛鳥路、そして雪に閉ざされた北の大地へとさ迷い、いつか戻る時を失う。移ろいゆく四季に彩られた絢欄たる恋愛絵巻。男女小説の金字塔と言うべき傑作。
東京・銀座の瀟洒な施設「ヴィラ・エ・アロール」。「エ・アロール」とは、フランス語で「それがどうしたの」という意味。そこの経営者である来栖の「仕事や世間から解放された人々に、楽しく気ままに暮らしてもらおう」という方針から、施設には自由な雰囲気が溢れ、三角関係などの恋愛問題が絶えず起きるが…。「老い」の既成概念を打ち壊し、新たな生き方を示唆する衝撃作。
フランスの古いシャトウで、毎夜くりひろげられる美貌の妻の「調教」。そして、異国の男たちによって弄ばれる妻の裸身をのぞき見る夫の若い医師ー。はたしてこの背徳の行為は二人の運命に何をもたらすのか?恋愛小説の第一人者が、現代の男女の「愛と性」というテーマに正面から挑んだ衝撃の問題作。
36歳の美貌の精神科医・花塚氷見子。その女医に憧れる年下の看護師・北向健吾。二人の恋は徐々に進展をみせるが、氷見子の特定の患者に対する不可解な治療に北向の困惑は深まっていく…。現代の精神医療に光をあてながらキャリア女性の秘められた心の闇に迫る、著者渾身の意欲作。
妻子ある建築家・伊織は、部下の笙子を愛する一方で、美貌の人妻・霞にも惹かれていく。いったい自分はどちらを本当に愛しているのか、ふたりの女性のはざまで思い悩む伊織だが…。秘めやかな官能の世界に耽溺する男女の姿を通して、現代の愛の形を描いた名作。
霞と笙子、ふたりの女性の間で揺れ動く伊織。しかし、季節のうつろいとともに、またひとつの愛が終わろうとしている…。ひとひらの雪にも似て、美しく妖しく、そしてはかない男と女の愛。官能の愉悦にとらえられた男女の姿をみずみずしく、そして芳醇に描き出した、渡辺文学の代表作。
芥川賞候補となった翌年、高村伸夫は、今度は直木賞候補に選ばれる。上京の折に出会った高名な作家やライバルたちから刺激を受ける一方、日進月歩の医療の最前線に達れをとるのではないかという不安。そんな中、母校で行われた日本で最初の心臓移植手術は、それに批判的な伸夫を学内にいづらくさせ、医学を捨て作家となるべく上京を決意する。青春の彷徨を描く自伝的長編の完結作。
臨床医として腕を磨きながら大学院に進んだ高村伸夫は、アイソトープを使った骨移植の動物実験に打ち込み学位論文にいどむ。初めて大きな手術の執刀者に指名された日の興奮と緊張。そして死と常に隣合わせている病院で患者達が示す、ほかでは決して表に出すことのない様々な態度に接し人間への理解を深めるとともに、看護婦・土屋和子との愛を育む。希望にみちた日々を描く第三作。
助手として医局で順調な歩みを続ける高村伸夫は、他方で、自分が医師として体験し目撃した事柄を小説に書き表したいと思うようになる。そうして診療の合い間に書いた作品が思いがけなく同人雑誌新人賞を受賞し、続いて芥川賞の候補作となる。周囲の驚きの中で、その直後、伸夫は同期や先輩を飛びこえて母校の講師に任じられる。医学か文学か、再び訪れた戸惑いの季節を描く第四作。
札幌の大学二年生、高村伸夫は専門課程の選択に悩み、雪に閉ざされた暗鬱なものからの脱出も夢見て、京都の大学の文学部に編入を試みる。が、それに失敗した伸夫は人間へのやみがたい興味から、同じ札幌の別の大学の医学部に進むことを決意する。解剖実習、お産見学の宿直、インターンのための上京など、とまどいにみちた清新な日々の心の軌跡を刻む自伝的長編五部作の第一作。