著者 : 福永武彦
資産家が住まう洋館に届いた英文の脅迫状と、奇怪な密室殺人ー迷宮入になった十年以上前の事件を巡って四人の男が推理を競う傑作「完全犯罪」を始めとする、古典文学者・伊丹英典の華麗なる探偵譚。幻の推理作家・加田伶太郎=福永武彦が謎解きの粋を凝らした全八編を収める。精緻な論理と遊戯性を共存させて、日本推理小説史上に於いて記念碑的一冊に数えられる推理小説集。
ハーロウ夫人の死は、養女ベティによる毒殺であるーー夫人の義弟による警察への告発を受け、ロンドンからは法律事務所の若き弁護士が、パリからは探偵アノーが、“事件”の起きたディジョンの地へ赴く。ベティとその友人アン、ふたりの可憐な女性が住む“矢の家”グルネル荘で繰り広げられる名探偵と真犯人との見えざる闘い。文豪・福永武彦による翻訳で贈る、メースンの代表長編。
誇り高い姉と、快活な妹ーいま、この二人の女性の前に横たわっているのは、一人の青年の棺だった。美しい姉妹に愛されていながら、彼はなぜこの世を去らねばならなかったのか?卒業論文を書くために「廃墟のような寂しさのある、ひっそりした田舎の町」にやってきた大学生の「僕」は、地所の夫婦、妻の妹の三角関係に巻き込まれる。古き日本の風情を残しながらも、どこか享楽的な田舎町での青年のひと夏の経験から、人の心をよぎる孤独と悔恨の影を清冽な筆致で描いた表題作「廃市」は、後に大林宣彦監督によって映画化された。ほかに「飛ぶ男」「樹」「風花」「退屈な少年」「沼」の全6編を併録。
純文学作家である福永武彦が加田伶太郎のペンネームで発表した「完全犯罪」「失踪事件」「赤い靴」などの探偵小説10編に、随筆「素人探偵誕生記」を併せた異色の一巻。大学助教授で自ら“安楽椅子探偵”を自認する伊丹英典は、助手・久木進を伴い、得意の分析力、想像力、論理力を駆使して、迷宮入りかと思われた難事件を次々と解決していく。また、船田学名義で書かれた未完のSF作品「地球を遠く離れて」も併録した、福永武彦の意外な一面が垣間見える異色作品集。
帰りの遅い父を待ちながら優しく甘い夢を紡ぐ孤独な少年の内面を、ロマネスクな文体で描いた表題作「夢見る少年の昼と夜」。不可思議な死を遂げた兄の秘密が自分の運命にも繋がっている事実を知った女性の生を見つめる「秋の嘆き」ほか、「死神の馭者」「鏡の中の少女」「夜の寂しい顔」「未来都市」「鬼」など、意識の深い底に横たわる揺らぎを凝視した福永ワールドの短編14作。初版単行本『心の中を流れる河』『世界の終り』より編纂した一冊。
人間の奥深い内部で不気味に蠢き、内側から揺さぶり崩そうとする見えざる“暗黒意識”を主題に書かれた『冥府』『深淵』『夜の時間』からなる三部作。特に「僕は既に死んだ人間だ。これは比喩的にいうのでも、寓意的にいうのでもない。僕は既に死んだ」と始まる『冥府』は、死後の世界を舞台にした幻想的な作品で、いずれも福永武彦の死生観が滲み出た作品群であるが、ストーリー展開に直接のつながりはない。
関東大震災と第二次世界大戦という二つの歴史的大事件に挟まれた16年間ー画家・桂が片時も忘れえなかった昔の恋人・三枝夫人との再会と、すれ違った愛の行方を追い求め描いた作品。世界が激しく揺れ動いた時代、日本という風土に生まれ育った芸術家の思索、苦悩、そして愛の悲劇を通して人生の深淵に迫った力作である。完成までに十年の歳月を費やした福永武彦の文学的出発点ともいえる。解説は芥川賞作家であり、福永武彦の長男でもある池澤夏樹氏。
妻子ある画家・渋太吉は、伊豆の海村で蜃気楼のように現れた若き女性・安見子との道ならぬ恋に溺れていく。渋はかつて一緒に死ぬ約束をした女性を裏切り、妻とは離婚寸前の状況にあった。やがて、安見子は親友の妻であることが判明するが、彼女への思慕は変わらず、肉体関係を続けていくのだったが…。福永武彦が、退廃と絶望の中の愛の運命を描いた佳作の復刊に、著者の長男である池澤夏樹氏による解説も併せて収録。
百鬼夜行の都は今、盗賊が跋扈し、陰陽師が名を高めていた。京に上った若侍、大伴の次郎信親は叔母の忘れ形見、萩姫を恋慕う。だが萩姫は一夜を契った男、安麻呂が忘れられない。笛師の娘、楓は次郎を一途に思う。錯綜する男女の思惑。命を懸けた恋の行方は…今昔物語に材をとった王朝ロマンの名作。
「幼年」は、堀辰雄の『幼年時代』の影響の下に描かれ福永武彦の“幼くして失った母”という原風景である。そして“母”は、はかなく淡い観念として、この作家に、美しくも深く悲しい旋律を奏でる。意識と無意識、現実と夢の境を行きつ戻りつ、ロマネスクな二重奏組曲。福永文学の輝ける魅力をたたえた十編の作品集。
生きているのか、死んでしまったのか。素子と綾子の身を案じる相馬を乗せた東京発の急行列車は夜を繋いで走り続け、京都、神戸、姫路、岡山ーと移り行く風景や車中での会話が彼の心と記憶を写し出す。そして目的地・広島着四・三六分。愛と死、原爆と平和、極限ともいえる人間の姿を斬新ながら、正統的な筆致で描いた歴史に残る長篇。日本文学大賞受賞。
「島」という絵を通じて相馬が知り合った女性ー広島で被爆し心と体に深い傷を負った芸術家・素子と彼女と暮らす美しく清楚な綾子、双方に惹かれてしまった彼の許に二人が広島で心中したという報せが届く。これは一日の物語であり、一年の出来事であり、一生の話であり、一人類へ与えられた悠久の啓示でもある。文学史に燦然と輝く、著者を代表する長篇小説。日本文学大賞受賞作。
みなし子レミは、養父によって旅芸人ビタリス(実は往年の名歌手カルロ・バルザーニ)親方に四十フランで売られてしまう。八歳のレミにとって、ビタリス親方はかっこうの人生の師匠となり、フランス中を旅してまわることになる…。旅が少年の家族を作り、家族の絆を深めてゆく、少年冒険小説の大傑作。
「忘却」。それは「死」と「眠り」の姉妹。また、冥府の河の名前で、死者はこの水を飲んで現世の記憶を忘れるというー。過去の事件に深くとらわれる中年男、彼の長女、次女、病床にある妻、若い男、それぞれの独白。愛の挫折とその不在に悩み、孤独な魂を抱えて救いを希求する彼らの葛藤を描いて、『草の花』とともに読み継がれてきた傑作長編。池澤夏樹氏の解説エッセイを収録。