著者 : 篠月しのぶ
東部戦線は、地獄である。迫りくる敵軍。破滅していく友軍。まともに食えず飲めず眠れず。それでも戦争は終わらない。終わりの先延ばしに過ぎない勝利を求め、ターニャは魔導部隊を率いて戦場を疾駆し、吼える。我ら帝国軍航空魔導師、と。我に抗いうる敵はなし、と。そして、セートゥーアはついに成し遂げる。世界の敵の面目躍如たるかな、と。これは黄昏時に輝く魔導師と、世界の敵たるべく暗躍する老人の物語。
連邦の戦略攻勢『黎明』。この発動に向けて、連邦は着々と準備を積み上げていく。迎え撃つ帝国は未だそれに気がついていない。帝国軍に残された時間は、あまりにも乏しい。この窮地に帝国軍では、ただ一人。ターニャだけが気がつく。故に、世界は目にするのだ。“黎明”があれば、“払暁”あり、と。ゼートゥーアというシステムが、世界を騙す端緒がついに始まる。その引き金を引いたのは、幼女の皮をかぶった怪物である。
戦場で勝利し、戦場で勝利し続け、しかし帝国は破滅へ一直線。爛れ切った愛国心と、残酷な現実の抱擁を経てゼートゥーアは「世界の敵」たるべく舞台を作り上げていく。死に逃げることも出来ない参謀本部の責任者としてゼートゥーアが求めるのは『最良の敗北』なのだ。言葉よりも、理性よりも、ただ、衝撃を世界に。世界よ、刮目せよ、恐怖せよ、そして神話に安住せよ。我こそは、諸悪の根源なり。
帝国という国家の砂はいずれ尽きる。遺された時間は、あまりにも少ない。砂時計の砂が尽きるまでに、人はそれぞれの決断を迫られる。ある者は、そんなはずがないと運命に目を瞑る。ある者は、破局を拒絶する道を選ぶ。運命だとしても、大人しく滅ぶ道理があろうか。活路を求めて彼らはあがく。そして、ターニャもまた『愛国者』という仮面の裏で誓う。己は、絶対に沈む船から逃げ出す、と。
連邦資源地帯への大規模攻勢作戦『アンドロメダ』。無謀を説いていたゼートゥーア中将は参謀本部から東部への『栄転』に至る。先細った連絡線、破たん寸前の兵站網、極めて長大な側面の曝露。要するに、誰もがオムツの用意を忘れているのだ。かくして、ゼートゥーア中将はレルゲン戦闘団へ特命を下す。指揮官たるターニャに命じられるのは退却の許されない篭城戦。勝たねばならない。人材、食糧、砲弾、すべてが不足すれども勝利依存症の帝国は戦争を止められない。老人(愛国者)の覚悟、幼女(バケモノ)の保身。
東部戦線の不毛な泥濘の上とて砲火は途絶えない。第二〇三魔導大隊もまたその狂騒に投げ込まれた歯車のひとつ。泥沼化する戦争に幼女は何を思うー。
生存とは、いつだって闘争だ。帝国軍、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は極寒の東部戦線において文字通りに原初的な事実を痛寒していた。精緻な暴力装置とて、凍てつき、動くことすら、骨を折る季節。なればこそ、冬には策動の花が咲く。矛盾する利害、数多の駆け引きが誰にも制御しえぬ混迷の渦を産み落とす。
金髪、碧眼の愛くるしい外見ながら『悪魔』と忌避される帝国軍のターニャ・フォン・デグレチャフ魔導中佐。冬までのタイムリミットを約二ヶ月と見積もった帝国軍参謀本部は積極的な攻勢か、越冬を見通した戦線再構築かで割れていた。激論の末に導き出された結論は、攻勢に必要な物資集積の合間での『実態調査』。実行部隊として、ターニャ率いるサラマンダー戦闘団が白羽の矢を立てられる。進むべきか、踏みとどまるべきか?逡巡する暇はない。
金髪、碧眼の幼い少女という外見とは裏腹に、『死神』『悪魔』と忌避される、帝国軍の誇る魔導大隊指揮官、ターニャ・デグレチャフ魔導少佐。戦場の霧が漂い、摩擦に悩まされる帝国軍にあって自己保身の意思とは裏腹に陸、海、空でターニャの部隊は快進撃を続ける。時を同じくして帝国軍は諸列強の手を跳ね除け、ついに望んだ勝利の栄冠を戴く。勝利の美酒で栄光と誉れに酔いしれる帝国軍将兵らの中にあって、ターニャだけはしかし、恐怖に立ち止まる。