著者 : 黒岩重吾
大阪立売堀で機械器具の会社を営む橋田は、人生最大の危機に直面していた。二十年をかけて築き上げた会社が詐欺にあい、倒産寸前にまで追い詰められていたのだ。もはや金策も尽き、旧知の同業者に、愛人の秘書・由美子を差し出すほかに道はなかったが…。男達の欲望の間で生きる薄幸な女を描いた表題作等、社会の歪みの中で蠢く人々の闇をあぶり出す傑作七編!!
片足に障碍を持ちながら山王町で水商売をする澄江は年下で喘息持ちの高井と心を通わせるが、西成で生きる人々の業がふたりに悲劇をもたらす(「湿った底に」)。裕福な家に育ち空虚な人生を送っていた青年と夜の街で奔放に踊る女性。互いに惹かれあいながらもすれ違う男女の行方(「落葉の炎」)。「魂の観察者」と称された作家が大阪西成を舞台に描く傑作短篇集。
社会の落伍者が集まるアパート「飛田ホテル」。刑期を終えたヤクザ者の有池が戻ると待っているはずの妻がいない。有池は妻の足取りを追うが、思いもよらなかった彼女の姿を知ることになる(表題作)。昭和の大阪、光の当たらない暗がりで悲しく交わる男女の情と性。自身も大阪のどん底を経験した直木賞作家が「人間の性」を抉り出す、傑作ミステリ短篇集。
天智天皇、天武天皇の時代を通じ、物部連麻呂は最下級役人だった。壬申の乱では大友皇子の側に立ったこともあり出世は望めなかった。しかし天武の没後、石上の氏族名に変わり、持統天皇、元明天皇の時代には徐々に位は上がっていった。和銅元年(西暦七〇八年)には、臣下の最高位である正二位左大臣にまで上りつめた。なぜ麻呂はそこまで出世できたのか。闇の部分に迫る古代史長編小説。著者絶筆。
七世紀後半の大和。修験者・役小角は、厳しい律令制度に虐げられる人人を救うために、異能を駆使して権力者に立ち向かう。鬼神の如き活躍を慕って多くの弟子たちが葛城山中に集結、遂に一大勢力の中心となった役小角を狙って、時の権力者・持統天皇や藤原不比等、物部氏率いる刺客の群れが迫り来るがー。傑出したパワーで古代史に名を轟かせた異才の半生を描く古代ロマンの巨編。
五世紀半ば、倭国は大王允恭(倭王・済)の死後、王家の息子達、その従兄市辺押羽王らの政権抗争の中にあった。一方、朝鮮半島では高句麗国が半島制覇を窺っていた。百済王の弟昆支王は倭国との同盟を模索すべく渡来。勇武に優れた允恭の五子ワカタケル(後の倭王・武)は昆支王に先進文化と情報戦略を学び、次々と反対勢力を制圧する。
百済王の弟昆支王の陰の協力を得て、ワカタケル王子(後の倭王・武)は腹心ムサノ青らの活躍によって、政敵市辺押羽王と御馬王子を斃し、眉輪王を使って兄の安康大王(倭王・興)を、更に立ちはだかる豪族葛城を滅ぼす。五世紀半ばの倭国に中央集権国家を築いた英雄ワカタケル大王の生涯を描く古代史ロマン小説。
蘇我臣馬子との戦いに敗れた物部本宗家は、朝廷から絶縁され滅びたが、中立の立場を守った石上物部の血筋をひく物部連麻呂(後の石上朝臣麻呂)は許され、冠位は最下級の刑官に属する囚獄吏の長となる。やがて大友皇子の武術師範になるが、壬申の乱で大海人皇子に敗北。しかしこの負の来歴も麻呂にはひとつの転機であった。遣新羅大使としての働きなどで天武天皇の信を得るが、天武亡きあと藤原朝臣不比等が頭角を現し権力を集中する中で、麻呂の選択は?歴史の暗部を生きた男の謎が明かされる。黒岩重吾の絶筆。
調首子麻呂は百済からの渡来系調氏の子孫。文武に優れ、十八歳で廏戸皇太子(聖徳太子)の舎人になった。完成間近の奈良・斑鳩宮に遷った廏戸皇太子に、都を騒がす輩や謀叛人を取り締まるよう命じられた子麻呂は、秦造河勝や魚足らとともに早速仕事に取りかかるが、その矢先、何者かが子麻呂の命を狙う。
禁忌は、破るためにある。進まない改革、唐・新羅の侵略の恐怖。理想に胸を焦がした権力者は、焦燥と妄想の狭間で、弟を憎み、そして妹を欲した。既得権益に淫する勢力に立ち向かう困難さと、革命者の孤独と猜疑心を描いた気迫の歴史大作、ついに最終章へ。
「鬼道に事え、能く衆を惑わす」。日本古代史の永遠の謎、女王ヒミコの生涯を描く壮大な歴史ロマン。後漢時代、中国沿岸部の倭人集団の首長ミコトは、幼い娘ヒメミコの予言と宣託に導かれて海を渡り、乱世の倭国に帰還した。成長して神託を受け巫女王となったヒミコは、その卓越した判断力と超能力によって、倭国の統一に乗り出す。
博愛主義の政治という理想がはばまれる中で、聖徳太子はしだいに厭世観を募らせていた。一方、強靱な生命力を持つ推古女帝は血の怨念から大王位に固執し、蘇我馬子と組んで太子の疎外を画策する。やがて太子、女帝が逝き、大王位をめぐる確執は、山背大兄王と蝦夷が引継ぐー。上宮王家滅亡を壮大に描く長篇。
なぜ、この男が権力の頂点に立ったのか?古代史小説の第一人者の新境地!知謀の政治家・藤原不比等の謎に迫る。持統女帝の寵愛を受けて順調に出世を遂げ、娘の宮子と安宿媛を入内させて天皇家の外戚としての位置を築き上げたその華麗なる生涯の光と影。
大化の改新のあと政権を保持する兄天智天皇の都で、次第に疎外される皇太弟大海人皇子。悲運のなかで大海人の胸にたぎる想いは何か。額田王との灼熱の恋、鬱勃たる野心。古代日本を震撼させた未曾有の大乱の全貌を雄渾な筆致で活写する小説壬申の乱。吉川英治文学賞受賞作。
鉄剣を磨き、馬を養って時に耐える大海人皇子はついに立った。東国から怒涛のような大軍が原野を埋めて近江の都に迫り、各地で朝廷軍との戦いがはじまる。激動の大乱のなかの息詰まる人間ドラマの数々。歴史学をふまえて錯綜する時代の動きをダイナミックにとらえた長篇。
父、母、弟を戦争で喪い、10歳で孤児となった春日正明。同じ境遇の佐伯悦子と知り合い、結婚を誓い合ったものの別離を余儀なくされる。そして11年の歳月が経ち、正明は人妻となった悦子とホテルの一室で向い合った。悦子は夫の沢田を愛していないことを告白した。正明と悦子は再び結婚を決意するが、沢田は離婚に応じるのか?正明はかつての恩師・相川に相談するが。
ペンネーム阿騎浩太郎の名前で流行作家になっていた相川は、正明と悦子の結婚を全面的に応援することを約束した。一方、正明と悦子の関係に気づいた沢田は、二人に尾行者をつける。そして一度は正明と沢田はレストランで対決するのだが、離婚の話し合いは不調に終り、遂には卑劣な沢田は正明に刺客を放ったー。14歳の歳月を費やして、若き魂の軌跡を謳う感動の大河小説、堂々完結。