出版社 : 中央公論新社
〈嵯峨本〉は、開版者角倉素庵の創意により、琳派の能書家本阿弥光悦と名高い絵師俵屋宗達の工夫が凝らされた、わが国の書巻史上燦然と輝く豪華本である。17世紀、豊臣氏の壊滅から徳川幕府が政権をかためる慶長・元和の時代。変転きわまりない戦国の世の対極として、永遠の美を求めて〈嵯峨本〉作成にかけた光悦・宗達・素庵の献身と情熱と執念。芸術の永遠性を描く、壮大な歴史長篇。
漂着した南の島での生活。自然の試練にさらされ、自然と一体化する至福の感情。それは、まるで地上を離れて高い空の上の成層圏で暮らすようなものだった。暑い、さわやかな成層圏。やがて、夢のむこうへの新しい出発が訪れるー青年の脱文明、孤絶の生活への無意識の願望を美しい小説に描き上げた長篇デビュー作。
スマートさからほど遠かった青春の終わりに、男はただ一人愛した娘の面影を抱いてシチリアへ、伝説のロードレースに漕ぎ出す-。かたくななまでに一途な男と、無気力なほど屈託ない箱入娘。’80年代を悼む少数派恋愛小説。
橋の向こうにあるのは青春の夢か現実の悲哀か。身を切るような冬場の水仕事、朝の早い錦市場への買い出し、修業中の大店の息子の陰険さ、下働きの娘のほのかな恋…、京の料理茶屋に奉公する若い男女の哀歓を描く時代長篇。
個であることを求める人々にとって〈家族〉とは…。古びた洋館榠〓荘。そこにはたっぷりの解放感と、互いに侵し合わない〈個独〉の時間がある。血の繋がりのない住人がゆるやかに結ばれる〈共感家族〉。ねばならないの枠の外側に生きる飛べない鳥たちの愛の物語。
郡山からミス采女を迎え猿沢池で催された采女祭の翌日、モーテルで福島の女と郡山の男の無理心中事件が発生。心中した女性を祭の取材中に目撃していた若きタウン誌記者・陽子は、不審を感じ、女性の足跡を辿るが…。古都の四季に展開する連作ロマン・ミステリー。
事実を出来る限り正確に再現する…歴史を文学に昇華させる夢を紡いだ偉大な作家の渾身の遺著。慶応4年2月15日、フランス水兵と土佐藩兵の間にその事件は起った。殺されたもの、切腹したもの、死は免れたもの-非運な当事者たちを包みこむ事件の全貌を厳密正確に照らし出そうとする情熱。構想以来十年以上をかけたこの作品で、作家は歴史をみはるかす自由闊達な眼差しをと呼びかける…。
エリート商社員と夫と有名私立小に通う息子とくらす奈々子。息子のいじめと無関心な夫、隣人とのやりきせない人間関係の中で幸せなはずの家庭に忍び寄る官能の嵐、そして崩壊。繁栄の時代の影を浮き彫りにする異色の長篇。
黎明期の向島花街に生きたひとりの女の愛と哀しみ。明治20年、新橋の売れっ子芸妓お良は政商村岡にひかされて向島に移る。隅田川に秋風が渡るある夜庭先に現われた目許の涼しい若い男に別れられない想いを抱いたお良だが、村岡が何者かに暗殺され…。向島花街に生きたひとりの女の物語。