著者 : 小池真理子
怯え続けることが私の人生だった。私は今も、彼女の亡霊から逃れることができないのだ。1978年、悦子はアルバイト先のバーで、舞台女優の夢を持つ若い女・千佳代と出会った。特別な友人となった悦子に、彼女は強く心を寄せてくる。しかし、千佳代は恋人のライター・飯沼と入籍して間もなく、予兆もなく病に倒れ、そのまま他界してしまった。千佳代亡きあと、悦子が飯沼への恋ごころを解き放つと、彼女の亡霊が現れるようになりー。
昭和38年11月、三井三池炭鉱の爆発と国鉄の事故が同じ日に発生し、「魔の土曜日」と言われた夜、12歳の黒沢百々子は何者かに両親を惨殺された。母ゆずりの美貌で、音楽家をめざす彼女の行く手に事件が重く立ちはだかる。黒く歪んだ悪夢、移ろいゆく歳月のなかでそれぞれの運命の歯車が交錯し、動き出す…。10年の歳月をかけて紡がれた別離と再生。著者畢生の書下ろし長篇小説。
母親の遺品整理のため田舎を訪れた男が、農道ですれ違った般若の面をつけた女ー記憶と時間が不穏に交錯する「面」。離婚で疲弊した女が、郊外の町で見つけた古風な歯科医院、そこに隠された禁忌が鬼気迫る「日影歯科医院」。山奥に佇む山荘の地下室に蠢く“何か”と、興味本位の闖入者を襲う不条理な怪異に震撼する「山荘奇譚」など、生と死のあわいの世界を描く6篇。読む者を甘美な恐怖と戦慄へと誘う、幻想怪奇小説集。
親子ほど年の違う妻子ある作家と愛し合っていた繭子。彼の突然の死から15年、孤独と寄り添いながら生きる彼女の前に、作家の息子を名乗る男性が現れる。かつての恋人に生き写しの彼は、繭子が封印していた記憶の扉を優しく開いていく。甘美で切ない大人の恋と、耽美で幻想的な世界を見事に融合させた極上の長編小説。
ある地方都市で起きた放火事件を通して、自意識過剰な人間の滑稽さを見つめた「石蕗南地区の放火」、過食に走った美人の姉と、姉に歪んだ優越感を覚える妹の姿が鬼気迫る「贅肉」。また、事故死したはずの兄が生きているのではないかと疑いを抱いた妹の葛藤を描く「おたすけぶち」など、読んで心がざわつく、後味が悪いミステリー。人気の女性作家六人の、結末が衝撃的な作品を収録したアンソロジー。
才色兼備の姉と正反対の妹。美しい姉は、母の死、恋人との別離から拒食症になる。しかしその後、すさまじいほどの過食に走り、恐ろしく太り始める。父が亡くなってからは自室にこもり、一日中食べ続ける毎日。かつての面影はどこにも見られなくなった姉の世話をする妹に、様々な感情が生まれるー(「贅肉」)。平凡な人間の、ほんの少しの心の揺らぎが、加害者や被害者になったりする。そんな日常に潜む恐怖を描く傑作サスペンス集!
軽井沢にほど近い、別荘と住宅が混在する静かな森の一画。2匹の猫と暮らす59歳の幸村鏡子は、夫を亡くして以来、心身の不調に悩んでいた。意を決してクリニックを受診し、独身で年下の精神科医、高橋と出会う。少しずつ距離を縮め合い、幸福な時を紡ごうとしていた矢先、突然、高橋は鏡子の前から姿を消してしまった…。それぞれの孤独を生きる男女の心の揺れを描いた濃密な心理サスペンス。
少女の淡い恋心と、突然訪れる別れを描いた痛切なお話。別れるときの女性と男性それぞれの心理を、鮮やかに切り取った大人の恋愛物語。生き別れた父への複雑な感情と、忘れがたい思い出が綴られた作品…。「別れ」にまつわる味わい深い短編を精選したアンソロジー。別れはつらいもの。けれど別れを経験してこそ、出会いの喜びを強く感じられる。心が揺さぶられる作品に、きっと出会える13編。
澤登志夫、69歳。文芸編集者としてエネルギーに満ちた時代を送った。激しい恋愛の果てに妻子と別れ、痛恨の思いも皮肉に笑い飛ばして生きてきたー彼を崇拝する26歳の宮島樹里の存在が、澤の過去と現在を映し出す。プライド高く生きてきた男が余命を知って辿り着いた、荘厳な企み。この尊厳死は罪かー現代をゆさぶる傑作長編。
誰にも言えない、でも決して忘れることはない罪深い記憶。男と女の間を流れていった時間ー。夫と移住しペンションを営んだ家をたった一人引き払う時、庭に現れた美しい動物(「テンと月」)。義母の葬儀で棺に寄り添う男が思い起こす光景とは(表題作)。心の奥底深く降り積もった思いを丹念にすくいとる珠玉の短編集。
死ぬことを予期していたかのように、夫は家を買った。近所にはお寺があり、それは由緒ある佇まいをしていた。結局、共に暮らすことができないまま逝ってしまった彼が、「帰って」くる。私は、「おかえりなさい」といつものように迎えるが、ある日ー。(「流山寺」)現世と異界が交錯し、あわいにたゆたう、強烈で甘美な想いが、恐怖の調べとなって紡ぎだされる幻想怪奇小説集、全八編収録。
「あたしね、今、恋をしてる」不倫相手の妻からの突然の告白だった。秘密の恋の聞き役となってしまった私だが、嘘ばかりで抱かれるだけの関係に疲れ、郷里へ戻った。その二年後、彼女の訃報が届き通夜に向かうがー。(「やまざくら」)欲望が、情念が生み出す幻影。ふと思い出す情事の気配。鏡の中に映る私ではない私ー。エロティックな死臭が漂う切ない異界への招待。幻想怪奇小説集、全七編収録。
ピアニストの佐江は、教え子の少女のホームコンサートで、少女の叔父だという男と出逢う。音楽堂の暗い客席で、少女の弾くソナチネのメロディに合わせるように、佐江と男は視線を、指先をからませていく…(「ソナチネ」)。生と死とエロスを描きつづけた著者の真骨頂、7つの作品を収めた圧巻の短編集。
男を車で撥ねて死なせてしまった女。男が自分を証明する公的書類を一式持っていたことから、ふいにある企みを思いつく。「男の身代わりを立てればいい」と。彼女が目を付けたのは、記憶喪失の若いホームレスだった。突如、人生は大きなうねりに呑み込まれていく…。その先に待ち受けるのは、成功か破滅か。ページを繰る手が止まらない、傑作長編サスペンス!
なぜ、私たちは別れたのだろうー。家事と子育てを卒業し、久し振りに自由で穏やかな日々を過ごしていた由香。たまたま立ち寄ったカフェで、昔の恋人・拓と再会する。未来への不安、親や社会への反発、抑えきれない互いへの想い。共に過ごした高校最後の夏が一瞬にして蘇り…。三十年の歳月を経て、再び出会った男女の切なくも甘い恋愛小説。
大学院生の珠は、大学時代のゼミで知ったアーティスト、ソフィ・カルによる「何の目的もない、知らない人の尾行」の実行を思い立ち、近所に暮らす男性、石坂の後をつける。そこで石坂の不倫現場を目撃し、他人の秘密に魅了された珠は、対象者の観察を繰り返す。しかし尾行は徐々に、珠自身の実存と恋人との関係をも脅かしてゆきー。渦巻く男女の感情を、スリリングな展開で濃密に描き出す蠱惑のサスペンス。