出版社 : 国書刊行会
明けがた5時、ブルーリアが、死んだ。ハイファでモルヒネ注射を打たれて、3時間後に意識不明のまま病院にかつぎこまれてから、1週間後のことだった。白い、こまかな雪が降っていた。ゲルティは窓のほうに目をやって、うれしそうな顔をした。「ねえ、スイスそっくりよ」そういって、彼女は微笑んだ。「イスラエルにも雪が降るなんて、今まで知らなかったわ」…深夜の精神病院でアルバイトをする主人公と、美しく謎めいた女性患者ブルーリアとの密やかな交感を描く表題作のほか、「パレルモの人形」「国境の少年」「薬剤師と世界救済」「真夜中の物語」など、英国統治下の古都エルサレムを舞台に、静謐な日々の記憶の底に潜む悲哀や喜びを、不思議なユーモアを交えて綴る珠玉の短篇の数々。イスラエルを代表する作家シャハルの傑作を精選した本邦初の作品集。仏メディシス賞外国文学賞受賞。
黄金期パズラーの名作。4月13日正牛、おまえは死ぬー著名な外科医カッター博士に届いた不敵な犯行予告。あらゆる事態を想定して警護にあたったロード警部だが、その目の前で事件は起こった…。上空数千フィート、空の密室ともいうべき飛行機内で果たして何が起きたのか。
英国有数の貴族ホートン公爵の大邸宅で、名士を集めて行われた「ハムレット」の上演中、突如響きわたった一発の銃声。垂幕の陰で倒れていたのは、ポローニアス役の英国大法官だった。事件直前、繰り返されていた謎めいた予告状と、国家機密を狙うスパイの黒い影、そして、いずれもひとくせありげなゲストたち。首相直々の要請により現場に急行したスコットランドヤードのアプルビイ警部だが、その目の前で第二の犠牲者が…。英国本格黄金時代を代表する名作。
南米の元独裁者が亡命先のキュラソー島で食事中、ホテルの支配人が毒殺された。休暇で西インド諸島に滞在中のアメリカ人心理学者ポジオリ教授が解き明かす皮肉な真相「亡命者たち」。つづいて、動乱のハイチに招かれたポジオリが、人の心を読むヴードゥー教司祭との対決に密林の奥へと送り込まれる「カパイシアンの長官」。マルティニーク島で、犯人の残した歌の手がかりから、大胆不敵な金庫破りを追う「アントゥンの指紋」。名探偵の名声大いにあがったポジオリが、バルバドスでまきこまれた難事件「クリケット」。そして巻末を飾る「ベナレスへの道」でポジオリは、トリニダード島のヒンドゥー寺院で一夜を明かし、恐るべき超論理による犯罪に遭遇する。多彩な人種と文化の交錯するカリブ海を舞台に展開する怪事件の数々。「クイーンの定員」にも選ばれた名短篇集、初の完訳。
結婚式を挙げに行く途中のカップルが拾ったヒッチハイカーは、赤い眼に裂けた耳、犬のように尖った歯をしていた…。やがてコネティカット州山中の脇道で繰り広げられる恐怖の連続殺人劇。狂気の殺人鬼の魔手にかかり、次々に血祭りに上げられていく人々-悪夢のような夜に果して終りは来るのか?熱に憑かれたような文体で不可能を可能にした、探偵小説におけるコペルニクス的転回ともいうべきカルト的名作、ついに登場。
心はいつも朗らかながら経済観念まるでなしのランプリイ家は、何度目かの深刻な財政危機に瀕していた。頼みは裕福な親戚の侯爵ゲイブリエル伯父だけ。ところがこの侯爵、一家とは正反対の吝嗇で狷介な人物、その奥方は黒魔術に夢中のこれまた一癖ある女性。援助を求めた一家の楽観的希望もむなしく、交渉は決裂、侯爵はフラットをあとにした。ところが数分後、エレベーターの中で侯爵は、眼を金串でえぐられた無惨な死体となって発見された。わずかな空白の時間に犯行が可能だったのは誰か?はたしてこの愛すべき一家の中に冷酷非情な殺人者がいるのだろうか-?魅力的な英国貴族の人物造型と流麗な情景描写、巧みなトリックが融合したマーシュの代表作。
死体の額には鋭い角で突かれたような痕があった。衆人環視のなか行なわれた謎の殺人。伝説の一角獣の仕業なのか。フランスの古城を舞台に、稀代の怪盗、警視庁の覆面探偵、HM卿が三つどもえの知恵比べを繰り広げる傑作本格推理。
美しい女子生徒の失踪、化学実験室の盗難事件と終業式を前にあいつぐ不祥事に校長は頭を悩ませていた。しかし、終業式前夜、この学園の小さなミステリは、突如として教員の二重殺人事件へと発展した。来賓として居合わせたオックスフォード大学の名探偵ジャーヴァス・フェン教授は協力を請われ、さっそく事件現場へ急行、酸鼻な犯行に目を見張った。さらに翌日、郊外のあばら家で第三の死体が発見され、事件はますます混迷の度を深めていった…。連続殺人、失蹟事件、シェイクスピア原稿の謎と、息もつがせぬ展開の底に流れる不気味なユーモア、錯綜する論理と巧みなサスペンス。ポスト黄金時代を代表する本格派クリスピンの最高傑作。
ある日食堂に入ってきた男は昔アフリカで殺したはずの男だった。「豹男に生き返らされたんだ」と語るその男は不吉な気配を漂わせていた…。トマス・バーク「がらんどうの男」をはじめ、隠退した医師を毎夜脅かすインド人の幽霊、コナン・ドイルの医学奇譚「茶色い手」、アルプス登山の姉弟を誘う死者からの手紙、邪悪な霊の侵入を描いて迫真のアン・ブリッジ「遭難」、アイルランドの民間伝承に材を採ったJ・S・レ・ファニュ「妖精にさらわれた子供」、H・R・ウエイクフィールドの精妙きわまる怪異譚「チャレルの谷」他、ハリファックス卿「ボルドー行の乗合馬車」、ニール・ミラー・ガン「時計」、レディ・ディルク「死神の霊廟」、J・H・リドル夫人「エニスモア氏の最期」、ニュージェント・バーカー「ウエッソー」、オリヴァー・オニオンズ「事故」、E・F・ベンスン「閉ざされた部屋」、いずれ劣らぬ恐怖の名匠たちの怪奇と幻想の物語全12篇。