出版社 : 岩波書店
鷹狩りの一団の中でひときわあでやかな貴婦人が、挨拶に向ったサンチョ・パンサに言う。「あなたの御主人というのは、いま出版されている物語の主人公で、ドゥルシネーア・デル・トポーソとかいう方を思い姫にしていらっしゃる騎士ではありませんこと」。
物語も終盤にさしかかり、ドン・キホーテ主従は、当時実在のロケ・ギナール率いる盗賊団と出会い、さらにガレー船とトルコの海賊との交戦を目撃することになる。さて、待望の本物の冒険に遭遇したわがドン・キホーテの活躍は…。
一六、七世紀スペインの片田舎で、意気軒昂たるドン・キホーテが「冒険」を演じているとき、そこには、実は何ひとつ非日常的なことは起こっていない。彼の狂気が、けだるく弛緩した田舎の現実を勇壮な「現実」に変え、目覚ましい「冒険」を現出させる。
「後篇」では、ドン・キホーテの狂気は大きく様変わりする。もはや彼は、自らの狂気に欺かれることはない。旅篭は城ではなく旅篭に見え、田舎娘は粗野で醜い娘でしかない。ここにいるのは、現実との相克に悩み思案する、懐疑的なドン・キホーテである。
なかなか開かなかった古い茶箪笥の抽匣から見つけた銀の匙。伯母さんの限りない愛情に包まれて過ごした日々。少年時代の思い出を、中勘助が自伝風に綴ったこの作品には、子ども自身の感情世界が素直に描きだされている。漱石が未曾有の秀作として絶賛した名作。
『阿部一族』は殉死の問題を取り扱った作品で、封建制のもとでの武士道の意地が、人間性をぎりぎりにまで圧迫して、ついにはその破滅に至らせる経緯を、簡潔な迫力ある筆で描いた歴史小説の傑作。他に鴎外の初期歴史小説の代表作『興津弥五右衛門の遺書』『佐橋甚五郎』の二篇を収める。
孤児になり、修道院を追われたジュリエットとジュスチーヌのふたり。姉はその美貌を利用し、すすんで淫蕩に身を任せ、まんまと出世を果たすが、純真な妹ジュスチーヌは、美徳をかたく守りつづけたために、くりかえし悪徳に迫害される。本書は革命期に刊行された思想小説で、サドが初めて世に送った作品である。本邦初訳。
騎士道本を読み過ぎて妄想にとらわれ、古ぼけた甲胄に身を固め、やせ馬ロシナンテに跨って旅に出る。その時代錯誤と肉体的脆弱さで、行く先々で嘲笑の的となるが…。登場する誰も彼もがとめどもなく饒舌な、セルバンテスの代表作。
その名も高きドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャとその従士サンチョ・パンサ、例によって思い込みで漕刑囚たちを救ったあげく、逆に彼らに袋だたきにされ、身ぐるみはがれる散々な目に。主従はお上の手の者の目を逃れ、シエラ・モレーナの山中に。
鮮烈なイメージと豊かなストーリーで織りなされる30の連作短編集。一つずつ順番に、前話をゆがんだ鏡像のように映しだし、最後の話が最初の話へとつながって、読者をめくるめく意識の迷宮へと導く。人間存在の神秘と不可思議さを映し出す鏡の世界の物語は、『モモ』『はてしない物語』とならぶ、エンデの代表作である。
前半生の遊蕩、後半生の漂泊、望郷の念にかられながらの客死…。放浪詩人柏木如亭の生涯をあとづけつつ、その詩の魅力を語る評伝風評論。遊里吉原と女、旅で訪れた信濃・越後・西国・東海道の各地、身近な食物などを題材に、江戸時代後期の漢詩の日本化を体現しつつ、時代からは隔絶した生き方をした詩人を考察する。
アイルランド文学の本領は短篇小説にこそある。歴史・風土・宗教・口承の伝統など、アイルランドを様々な角度から浮き彫りにする傑作短篇一五篇を精選。イギリス文学とはひと味ちがう、独特の味わいに満ちた緑色のオムニバス(乗り合いバス)にあなたも乗ってみませんか。
オーウェルの清冽な生き方は、今なお多くの読者を魅了してやまない。本書は、『政治の弁証』などで著名なイギリスの政治学者が未公開資料を駆使して描き出した、初の本格的伝記である。上巻では、セント・シプリアン校時代から、独自の政治思想を確立する『ヴィガン埠頭への旅』までの時期の思想形成を跡づける。
オーウェルの清冽な生き方は、今なお多くの読者を魅了してやまない。本書は著名なイギリスの政治学者が未公開資料を駆使して描き出した、初の本格的伝記である。下巻では、スペイン内乱、第2次大戦、『動物農場』『1984年』の刊行という円熟期の思想の軌跡をたどり、オーウェルの全体像を浮かび上がらせる。
旅先のヴェニスで出会った、ギリシャ美を象徴するような端麗無比な姿の美少年。その少年に心奪われた初老の作家アッシェンバッハは、美に知性を眩惑され、遂には死へと突き進んでゆく。神話と比喩に満ちた悪夢のような世界を冷徹な筆致で構築し、永遠と神泌の存在さえ垣間見させるマンの傑作。
「憧れを知る者のみが、わが悲しみを知る」ミニヨン竪琴弾きの哀切を帯びた歌の調べ。『ハムレット』上演を機に、ヴィルヘルムは演劇の世界について様々に思いを巡らせる。本巻には作全体に豊かな厚みを与え、一収束点をも成す「美わしき魂の告白」を収録。
ルージンの卑劣な工作により窮地に立たされたソーニャを弁護したラスコーリニコフは、その後ついに彼女に罪の告白を…。贖罪をうながすソーニャに、彼はつぶやく。「もしかすると、ぼくはまだ人間で、しらみではないのかもしれない…」(全三冊完結)。