出版社 : 文藝春秋
本業の髪結いの傍ら、町方同心のお手先をつとめる伊三次。芸者のお文に心を残しながら、今日も江戸の町を東奔西走…。伊三次とお文のしっとりとした交情、市井の人々の哀歓、法では裁けぬ浮世のしがらみ。目が離せない珠玉の五編を収録。選考委員満場一致でオール読物新人賞を受賞した渾身のデビュー作。
死にゆく患者たちを前に医者として、人としてとるべき誠実な態度とは…。文学界新人賞を受賞した「破水」をはじめ、人間の生と死を日常的に受け止めざるを得ない若き医師たちの苦悩と現実を、濃密に描ききった短篇五篇をおさめた、記念碑的デビュー作品集。著者自身が当時を振り返った、あとがきを新たに収録。
貧窮のどん底にあえぐ米沢藩。一汁一菜をもちい、木綿を着て、藩政たてなおしに心血をそそいだ上杉鷹山と執政たち。政治とは、民を富まし、しあわせな日々の暮しをあたえることにほかならない。藤沢さんが読者にのこした遺書とでもいうべきこの長篇小説は、無私に殉じたひとびとの、類いなくうつくしい物語である。
天よ、いつまでわれらをくるしめるつもりですか。改革はままならない。鷹山の孤独と哀しみを明澄な筆でえがきだす下巻。けれど漆は生長し熟しはじめていた。その実は触れあって枝先でからからと音をたてるだろう。秋の野はその音でみたされるだろうー。物語は、いよいよふかく静かな響きをたたえはじめる。
昭和8年。東京近郊の梅広町にある「月辰会研究所」から出てきたところを尋問された若い女官が自殺した。特高課第一係長・吉屋謙介は、自責の念と不審から調査を開始する。同じころ、華族の次男坊・萩園泰之は女官の兄から、遺品の通行証を見せられ、月に北斗七星の紋章の謎に挑む。-昭和初期を雄渾に描く巨匠最後の小説。
昭和8年の暮れ、渡良瀬遊水池から他殺体があがった。そして、もう一体。連続殺人事件と新興宗教「月辰会研究所」との関わりを追う特高係長・吉屋謙介と、信徒の高級女官を姉に持つ萩園泰之。「『く』の字文様の半月形の鏡」とは何か?背後に蠢く「大連阿片事件」関係者たちの思惑は?物語は大正時代の満洲へと遡る。未完の大作。
轟く雷鳴の中、材木問屋の女主人が惨殺された。この殺人と宿屋を狙った連続盗難事件の陰に、いま江戸で評判の祈祷師、清姫稲荷のおりょうの姿がちらつく。果たして、その正体は?表題作ほか、「横浜から出て来た男」「穴八幡の虫封じ」「阿蘭陀正月」など全八篇を収録。旅籠「かわせみ」を取り巻く人人の江戸情緒豊かな人情捕物帳。
「鬼道に事え、能く衆を惑わす」。日本古代史の永遠の謎、女王ヒミコの生涯を描く壮大な歴史ロマン。後漢時代、中国沿岸部の倭人集団の首長ミコトは、幼い娘ヒメミコの予言と宣託に導かれて海を渡り、乱世の倭国に帰還した。成長して神託を受け巫女王となったヒミコは、その卓越した判断力と超能力によって、倭国の統一に乗り出す。
古い屋敷で留守番をする「僕」がある夜見た、いや見なかったものは何だったのか?椎の木の根元から突然現われた緑色の獣のかわいそうな運命。「氷男」と結婚した女は、なぜ南極などへ行こうとしたのか…。次々に繰り広げられる不思議な世界。楽しく、そして底無しの怖さを秘めた七つの短編を収録。
美人じゃないし、スタイルも並。だけど、正直で行動力のある自分を愛するOL・可奈子。内気な後輩をセクハラから守り、不倫から親友を救い出す正しく爽快な日々の中、初めて求婚してくれた男は親友の“おさがり男”。女のプライドか、幸せな結婚生活か。揺れ動く主人公の姿をユーモアたっぷりに描く痛快小説。
市の福祉事務所に勤めるケースワーカーの仕事はひと筋縄ではいかない。難病、家庭問題、労働意欲の喪失、そして犯罪…社会の基準からはみだした「弱者」にとって最良の道とは何なのか。日々模索するワーカーたちの奮闘と遭遇する事件を通して、現代社会が抱える暗がりと人間本来の強かさを描ききる連作集。
加賀前田の支藩、大聖寺七万石に下された非情の幕命。厳冬の北アルプスを越えて高山陣屋と故城の接収に向かった生駒弥八郎以下二十四名の運命は…。表題作ほか、勇将福島正則の一代記「絶塵の将」、お役目も家も捨て狡猾きわまる悪党を追う同心の執念を描く「けだもの」など全五篇を収録した珠玉の短篇集。
日下刑事は困惑していたー。大学時代の友人浜田に誘われ、紀伊勝浦温泉を訪れた日下は、そこで起きた溺死事件の容疑者として浮かんだのが浜田であることを知る。しかし、そのアリバイは日下自身によって証明されていた。浜田は犯罪者なのかー。表題作ほか、十津川警部の推理が冴えるトラベル・ミステリー傑作集。
藪で、蛇を踏んだ。「踏まれたので仕方ありません」と声がして、蛇は女になった。「あなたのお母さんよ」と、部屋で料理を作って待っていた…。若い女性の自立と孤独を描いた芥川賞受賞作「蛇を踏む」。“消える家族”と“縮む家族”の縁組を通して、現代の家庭を寓意的に描く「消える」。ほか「惜夜記」を収録。
「追われている。殺されるかもしれない。そうだ、テンプル騎士団だ」ミラノの出版社に持ち込まれた原稿が、三人の編集者たちを中世へ、錬金術の時代へと引き寄せていく。やがてひとりが失踪する。行き着いた先はパリ、国立工芸院、「フーコーの振り子」のある博物館だ。「薔薇の名前」から8年、満を持して世界に問うエーコ畢生の大作。
中世から放たれた矢は現代を貫通し、記号の海で歴史が改編される。カバラ、薔薇十字、カタコンベ、エクトプラズム、クンダリニー蛇、賢者の石、黄道十二宮、生命の樹、カンニバリズム…「フーコーの振り子」へのパスワードは何か?20世紀最後の知の巨人、エーコがおくる、極上のワインの酔いにも似た、めくるめく文学の愉悦、陶酔。
「人生の大きさは悔しさの大きさで計るんだ」。拍手は遠い。喝采とも無縁だ。めざすは密やかな達成感。克明な観察メモから連続空き巣事件の真相に迫る守衛の奮戦をたどる表題作ほか、代議士のお抱え運転手、サラ金の取り立て屋など、日陰にありながら矜持を保ち続ける男たちの、敗れざる物語です。深い余韻をご堪能ください。