出版社 : 新潮社
野田達夫を次第に追いつめてゆくのは工場での果てなき労働、そして不眠…。一方、合田雄一郎は佐野美保子を欲するあまり、常軌を逸しはじめた自分に気付く。十八年前に分かれたはずの人生が、なぜ再び交わってしまったのか!意志もなく踏み出された数歩。生命を失った物体が深夜にごろりと転がった。一睡もできぬほど暑い夏の出来事だった。照柿ーそれは断末魔の悲鳴の色。
マイケル・ビアードは、狡猾で好色なノーベル賞受賞科学者。受賞後は新しい研究に取り組むでもなく、研究所の名誉職を務めたり、金の集まりそうな催しで講演をしたりの日々。五番目の妻に別れを告げられた後は、同僚の発明した新しい太陽光発電のアイディアを横取りしてひと儲を狙っている。そんな彼を取り巻く、優しくも打算的な女たち。残酷で移り気なマスメディア。欺瞞に満ちた科学界とエネルギー業界ー。一人の男の人生の悲哀とともに、現代社会の矛盾と滑稽さを容赦なく描き切る、イギリスの名匠による痛快でやがて悲しい最新長篇。
馬鹿にしたければ笑えばいい。あたしは、とっても「しあわせ」だった。風呂は週に一度だけ。電気も、ない。酒に溺れる父の暴力による支配。北海道、極貧の、愛のない家。昭和26年。百合江は、奉公先から逃げ出して旅の一座に飛び込む。「歌」が自分の人生を変えてくれると信じて。それが儚い夢であることを知りながらー。他人の価値観では決して計れない、ひとりの女の「幸福な生」。「愛」に裏切られ続けた百合江を支えたものは、何だったのか?今年の小説界、最高の収穫。書き下ろし長編。
祖父が死んだ。あの戦争を「生き延びたせいで見なくていいものをたくさん見た」と語っていた元二等兵の遺灰を故郷の海へ還すため、孫の秀二は沖縄を訪れる。そこで手にしたのは、古びた四本のカセットテープ。長い時を超え、その声は語り始める。かつて南の島に葬られた、壮絶な個人的体験をー。敗残兵の影、島民のスパイ疑惑、無惨な死。生への渇望と戦争の暗部を描く、力作長編。
太平洋戦争末期、探偵小説好きの石目鋭二上等水兵は、軽巡洋艦「橿原」に乗務を命じられた。「橿原」は過去に怪死事件が相次ぎ、殺害の実行犯がいまも潜むと囁かれている。艦底の内務科5番倉庫では、機密物資を運んでいるという、不穏な噂も絶えない。そんな折、艦内で士官が毒死、乗組員が行方不明になった。やがて次々と生起する怪異なる事象に、石目もまた取りこまれていく。
真偽不明の指令乱発で指揮系統を見失った兵士たちに、「橿原」の真の目的地が明かされる。一方、船底の大戦争を生き延びた人の魂を宿す鼠の群れは、長い対話のなかに自らの行く末を探る。果たして「神器」とは何か、そして乗組員の使命とは?異界を抱える謎の軍艦に時空を越えた無数の声を響かせ、壮大なスケールで神国ニッポンの核心を衝く、驚愕の“戦争”小説。野間文芸賞受賞。
「おれが飛び立ったら、この女をお前の妻にしろ」-戦争末期の鹿屋航空基地で著者の父が出会った、三人の特攻隊員と絶世の美女、八重子。出撃命令を待つ彼らの間で交わされた密約が、それぞれの人生を大きく変えていく。国を守るために命を捨てた男たちと彼らの想いに殉じた女の運命を描く哀切きわまる恋愛譚。父が語った思い出を妖艶な物語に昇華させた鬼六文学の最高傑作。
身勝手な両親を尻目に、前向きに育った中学三年生のタマコ。だが、大好きな祖父が老人ホームに入れられそうになり、彼女は祖父との“駆け落ち”を決意する。一方、タマコを心配する若い担任教師は、二人に振り回されて──。奇妙で優しい表題作のほか、ダメな男の二十年ぶりの帰郷を描く「ソリチ ュード」、独身の中年姉弟の絆を見つめた「ネロリ」を収録。温かさと切なさに満ちた傑作小説集。
琉球沖の大黒丸遭難で総兵衛以下、又三郎、駒吉など主だった人材を欠いた富沢町大黒屋を柳沢吉保の魔の手が襲う。その陰湿残忍な手口に身重の美雪はある決断を下す。一方、総兵衛は南洋の孤島で大黒丸の改造を果たし、針路を交趾(ベトナム)へ取った。かの地には寛永以前に多くの和人が渡航し、日本人町の記録もあるというのだが…。驚愕の新展開に胸が高鳴る不撓不屈の第十巻。
東京の片隅で、中年店主が老いた父親を抱えながらほそぼそとやっている中華料理屋「昭和軒」。そこへ、住み込みで働きたいと、わけありげな女性があらわれ…「夕映え天使」。定年を目前に控え、三陸へひとり旅に出た警官。漁師町で寒さしのぎと喫茶店へ入るが、目の前で珈琲を淹れている男は、交番の手配書で見慣れたあの…「琥珀」。人生の喜怒哀楽が、心に沁みいる六篇。
地方都市で妻子と平凡な暮らしを送るサラリーマン沢野良介は、東京に住むエリート公務員の兄・崇と、自分の人生への違和感をネットの匿名日記に残していた。一方、いじめに苦しむ中学生・北崎友哉は、殺人の夢想を孤独に膨らませていた。ある日、良介は忽然と姿を消した。無関係だった二つの人生に、何かが起こっている。許されぬ罪を巡り息づまる物語が幕を開く。衝撃の長編小説。
戦慄のバラバラ殺人ー汚れた言葉とともに全国で発見される沢野良介の四肢に、生きる者たちはあらゆる感情を奪われ立ちすくむ。悲劇はネットとマスコミ経由で人々に拡散し、一転兄の崇を被疑者にする。追い詰められる崇。そして、同時多発テロの爆音が東京を覆うなか、「悪魔」がその姿を現した!’00年代日本の罪と赦しを問う、平野文学の集大成。
師弟より近く、恋人より遠い関係のまま、ゆるゆると旅を続ける僕僕先生と王弁に怒涛の急展開!なんと政府公認の精鋭刺客集団「胡蝶房」に、先生暗殺の命が下されたのだ。送り込まれたのは、猛毒を操る劉欣。しかし孤独なスナイパーの意外な過去が明らかになり、僕僕一行は思わぬ局面へと歩を進めて…。一方で薄妃の恋にとうとう決着?大人気の中国冒険奇譚、波乱の第三弾。
ゲーム作家に憧れて職を失なった正彦は、桐生慧海と名乗って、同じく失業者の矢口と共に金儲け目当ての教団「聖泉真法会」を創設する。悩める女たちの避難場所に過ぎなかった集まりは、インターネットを背景に勢力を拡大するが、営利や売名目的の人間たちの介入によって、巨額の金銭授受、仏像や不動産をめぐる詐欺、信者の暴力事件、そして殺人など続発するトラブルに翻弄される。
社会から糾弾され、マスコミと権力の攻撃のターゲットにされた「聖泉真法会」に、信者の家族が奪還のために押しかける。行き場を失い追い詰められた信者たちがとった極端な手段。教祖・慧海のコントロールも超えて暴走する教団の行方はー。人間の心に巣くう孤独感、閉塞感、虚無感、罪悪感、あらゆる負の感情を呑み込んで、極限まで膨れ上がる現代のモンスター、「宗教」の虚実。
人間の大病は一生に三度ほど。そのとき自分の臍の緒を煎じて飲むと妙薬となる、という。幼少期に肺炎を患った峰子は、自分のそれの行方が俄かに気になる。ラスト1行に戦慄する表題作ほか、皇国の世に小学校を包む妙なる調べ「月光の曲」、亡夫の運命を高名な占い師に尋ねたくなった妻の心理「星辰」、コーンスターチを大量購入する女の秘密「魔」。生の不思議に酔う、純文学短編集。