小説むすび | 出版社 : 白水社

出版社 : 白水社

カビリアカビリア

医師の眼と詩人の手つき 宿痾、痛み、性と死、澱汚と諦念……ソ連崩壊前夜に小説の新たな沃野を拓いたパレイの初期三部作ーー「追善」「エヴゲーシャとアーンヌシカ」「バイパス運河のカビリア」--で描かれるのは、グロテスクが発酵する日常を淡々と生きる、行き場のない人びとであり、その生は言ってみれば「いずれもそれぞれに不幸なものである」。とはいえ、幸福な生が必ずしも美しいものとは限らないし、不幸な生が醜いわけでもない。医師でもあったパレイの自伝的要素もまとった語り手は、幼い日に祖父母の家で目の当たりにした業の行く末と死、一癖も二癖もある老女たちとの共同住宅での営み、そして、バイパス運河通りで天衣無縫に生き切った「カビリア」を、冷めたあたたかな眼差しで眺めながら、饒舌にして平静、乾いていながら粘りつく唯一無二の文体で編んでゆく。ゴーゴリやドストエフスキー、アフマートワらによって紡がれたテクスト・ペテルブルクの系譜にありながらも、粛清や大祖国戦争、封鎖や飢餓といった悲劇、ガガーリンの活躍や原発事故、ペレストロイカなどソ連史を内に湛えるこれらの作品は、むしろ「テクスト・レニングラード」と呼ぶにふさわしい。

南洋人民共和国備忘録南洋人民共和国備忘録

「架空の国の備忘録が、日本を含む実在する国々の正統性を疑ってみよ、と蠱惑的に囁きかける。未知なる歴史の可能性に触れる戦慄と、極上の小説を読んでしまったという興奮に一挙に襲われた。」 ーー温又柔さん絶賛! 日本オリジナル編集によるマレーシア華人作家の最新代表作 個人の記憶の奥深くに隠されたマレーシア華人の集団の記憶とトラウマを圧倒的な想像力で描く、マラヤ共産党をめぐる24篇。 〈サイノフォン〉シリーズ刊行に寄せて  王徳威  第一部 サーカス団が天から降ってきたとき  松浦恆雄 訳  その年私はマラヤに帰った  大東和重 訳  瓶の中の手稿・呪詛残篇  福家道信 訳  マラヤ人民共和国備忘録  福家道信 訳  森からの手紙  及川茜 訳  亡き兄を尋ねて  松浦恆雄 訳  あなたのおかけになった電話はただいま使われておりません番号をお確かめの上おかけ直しください  松浦恆雄 訳  山道  羽田朝子 訳 第二部 もし父が創作をしていたら  大東和重 訳  凄惨にして無言の口  福家道信 訳  なお扶餘を見るがごとし  福家道信 訳 マラヤ共産党を追撃中に大足出現  福家道信 訳  もしもあなたが風なら  松浦恆雄 訳  南洋人民共和国備忘録 隠遁者  大東和重 訳  最後の郷土  福家道信 訳  第三部 蟹  豊田周子 訳  父の亡くなったあの年  松浦恆雄 訳 九つの言語で書く愛の詩  白水紀子 訳  渓流のほとりにて  羽田朝子 訳  泥沼の足跡  大東和重 訳  雨が降る  白水紀子 訳  祝福  福家道信 訳  帰還  及川茜 訳  解説 黄錦樹を読む楽しさ  福家道信  訳者紹介/編者紹介

ダンシング・ガールズダンシング・ガールズ

『侍女の物語』前夜のアトウッド 世界的作家アトウッドの初期短編集が待望の復刊。キャンパスで繰り広げられる奇妙な追跡劇(「火星から来た男」)、記者が陥る漂流の危機(「旅行記事」)、すれ違いから若い夫婦が深める孤独(「ケツァール」)、悩める医者の卵がある少女に向ける感情(「訓練」)、下宿屋で巻き起こる異文化をめぐる騒ぎ(「ダンシング・ガールズ」)など──アトウッドのぞくぞくするような「巧さ」が詰まった七編を収録。あからさまにではなく、ほんの少しだけ垣間見せるというやり方で、日常に潜む違和や世界の綻びが、複雑と混沌のままに示される。  「ことに「キッチン・ドア」で描かれる、形のない、だがはっきりと肌で感じる破滅の予兆は、のちの『侍女の物語』や〈マッドアダム〉三部作のディストピア世界の前日譚と見ることもでき、世界のあちこちで不穏な狼煙の上がる二〇二五年に読むと、これを訳した当時よりずっと生々しい実感をともなって迫ってくる。およそ五十年前に書かれたにもかかわらず、これらの物語は少しも古びていない、どころか読むたびに「今」の物語として更新されつづける。そのことに何よりも驚きを感じる」(「復刊によせて」より)

もうひとつのエデンもうひとつのエデン

ある島の〈ノアの箱船〉の物語 ブッカー賞ほか最終候補作 優生学の名のもと、実在の島マラガに起きたことを題材に、美しい詩的文体で描きだすある島の年代記。 一七九二年、逃亡奴隷のベンジャミン・ハニーはアイルランド出身の妻ペイシェンスと共に様々な林檎の種を持ってメイン州の小さな無人島にやってきた。ふたりは苦労して林檎園を作り上げ、島はアップル島と呼ばれるようになる。 それから約百年、ハニー家の子孫と肌の色も様々な島民は、豊かな自然のなかでつましくもひっそりと穏やかに暮らしていた。そこへ一九一一年、理想に燃える白人の元教師マシュー・ダイアモンドがやってくる。ベンジャミンのひ孫にあたるエスターは、ダイアモンドの善意は理解しながらも心をざわつかせるが、彼の指導で何人かの子どもたちは絵画や語学、数学の才能を花開かせていく。 ある日突然、本土から知事の命で委員たちがアップル島の視察に現れる。いきなり子どもたちの頭に測定器を当ててなにやら書き留め、子どもたちは怯え、大人たちは反発する。やがて島と人々を襲う大きな悲劇とはーー。 刊行直後から話題を呼び、ブッカー賞、全米図書賞、国際ダブリン文学賞などの最終候補作に選出された。美しく痛切な祈りの物語。

アテネに死すアテネに死す

映画『ボイジャー』原作 世界40カ国で翻訳刊行されている傑作 巨匠フォルカー・シュレンドルフ監督の映画 『ボイジャー』(VOYAGER)の4Kレストア版が、今年6月から東京・シネマート新宿、Stranger、恵比寿ガーデンシネマ他、全国で順次公開される。主演はサム・シェパード、ジュリー・デルピー。これにあわせて原作をUブックスで刊行する。 本書は、スイスの作家マックス・フリッシュの名を一挙に世界的に高めた小説で、世界40カ国で翻訳刊行されている。 50歳を超えた有能な技師ウォルター・フェイバーは、ユネスコの仕事で世界を飛び回っていた。パリに向かうため豪華客船で大西洋を渡る途中、芸術を愛する女学生エリザベスと出会う。技術だけを信じ、芸術に無関心なフェイバーは好奇心旺盛な彼女に戸惑いながらも、次第に強く惹かれていく。パリ、ローマと旅をともにするうちに2人は心を通わせ、深く結ばれる。しかしエリザベスには、フェイバーの運命を大きく揺るがす秘密があった…… 映画を観た訳者の中野孝次が、映画が原作に忠実につくられていることを高く評価し、「映画を観てあらためてフリッシュが人間の根源に関わるテーマをいかに深く摑んでいたかを考えさせられた。原著は1957年に出版されたのに、いまだに少しも古びないテーマをこの小説で描ききっている。シュレンドルフ監督はその本質をよく理解して映画にしているのである」と訳者あとがきに記している。巻末にマックス・フリッシュの年譜、管啓次郎の解説を付す。

盲目の梟盲目の梟

ブルトンが絶讃した狂気と幻覚の手記 ペルシア語文学史上に現われた「モダニズムの騎士」による、狂気と厭世に満ちた代表作を含む中短篇集。「人生には徐々に孤独な魂をむしばんでいく潰瘍のような古傷がある」--生の核心に触れるような独白で始まる「盲目の梟」。筆入れの蓋に絵を描くことを生業とする語り手の男が、心惹かれた黒衣の乙女の死体を切り刻みトランクに詰めて埋めにいくシュルレアリスム的な前半部と、同じ語り手と思しい男が病に臥しての「妻殺し」をリアリスティックに回想する後半部とが、阿片と酒精、強烈なペシミズムと絶望、執拗に反復されるモチーフと妄想によって複雑に絡み合う。ドストエフスキーやカフカ、ポーなどの西欧文学と、仏教のニルヴァーナ、イランの神秘主義といった東洋思想とが融合した瞠目すべき表題作とさまざまな傾向をもつ九つの短篇に加え、紀行文『エスファハーンは世界の半分』を収める。解説=中村菜穂 変わった女 こわれた鏡 ラーレ ハージー・モラード サンピンゲ 赦しを求めて 野良犬 三滴の血 ダーシュ・アーコル 盲目の梟  解説 エスファハーンは世界の半分  サーデク・ヘダーヤトの作品について(中村菜穂)  サーデク・ヘダーヤトの作品一覧

ムーア人による報告ムーア人による報告

ピュリツァー賞最終候補作品 一五二八年、スペインの征服者(征服者にルビ:コンキスタドール)であるナルバエス率いる探検隊は、現在の米国フロリダ州と思われる場所に上陸、インディオの村で金塊を発見したことから欲に駆られ、金の出所と思われる都を探し始める。 モロッコ出身の黒人奴隷ムスタファは、かつては商売に励んでいたが破産してしまい、自らを奴隷として売り、探検隊に同行していた。探検隊は病気、物資不足、人肉食、部族の襲撃などで壊滅し、生存者は散り散りになる。ムスタファは友好的なインディオから言語と習慣を学び、旅を続ける。ムスタファは恐怖に怯えつつも、生存者の四人がすべてを失ったことで、自由平等になったと感じていた。生存者は医学的な知識によって、さまざまな部族の伝説となり、四人とも部族の女と結婚する。一同は一緒に旅をし、異なる部族を治療し、多くの信奉者を得るようになった。やがて彼らは仲間のカスティーリャ人と出会い、ヌエバ・エスパーニャに連れてこられる。それはムスタファにとって再び奴隷になることを意味した……。 モロッコ出身の作家が、実在する報告書を元に実在した奴隷の視点から冒険を再構築した傑作長篇。

本と歩く人本と歩く人

老書店員と少女が織りなす現代のメルヒェン 本を愛し、書物とともにあることが生きがいの孤独な老書店員が、利発でこましゃくれた九歳の少女と出会い、みずからの閉ざされた世界を破られ、現実世界との新たな接点を取り戻していく物語。 老舗の書店〈市壁門堂〉に勤めるカール・コルホフは、特定の顧客にそれぞれの嗜好を熟知したうえで毎晩徒歩で注文の本を届け、感謝されている。カールは顧客たちをひそかに本の世界の住人の名前(ミスター・ダーシー、エフィ・ブリースト、⾧靴下夫人、朗読者、ファウスト博士など)で呼び、自らの暮らす旧市街を本の世界に見立て、そこで自足している。 ある日突然、シャシャと名乗る女の子がカールの前に現れる。ひょんなことからカールの本の配達に同行するようになり、顧客たちの生活に立ち入り、カールと客との関係をかき乱していく…… 歩いて本を配達するふたりの珍道中と、曲者揃いの客たちとの交流、そして思いがけない結末を迎えた後はほのぼのとした読後感に包まれる。読書と文学へのオマージュといえる、いわば現代のメルヒェンのような作品。 二〇二〇年の刊行後、ドイツで一年以上にわたりベストセラーの上位を占め、六十万部を記録した。現在、三十五か国で翻訳されている。 第一章 独立の民 第二章 異邦人 第三章 赤と黒 第四章 大いなる遺産 第五章 言葉 第六章 未知への痕跡 第七章 夜の果てへの旅  謝辞/訳者あとがき

ブリス・モンタージュブリス・モンタージュ

出版社

白水社

発売日

2025年3月3日 発売

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全米批評家協会賞受賞作品 本書は、中国出身の米国作家リン・マーの長篇『断絶』に続く第一短篇集。前作は、移民の女性が米国のミレニアル世代の一員として根無し草的な生活を送るなか、パンデミックとゾンビという物語形式を借りて、グローバル資本主義の制度に組み込まれた人生の虚無感、今世紀の米国社会の空気を巧みに切り取ってみせた。 同様に若い女性を主人公とする本書においても、移民にとっての「ホーム」はどこなのかという問いや、醒めた距離感を保つ一人称の語り口など、マーの作風は前作から連続している。ただし本書では、人間関係における暴力や、存在の孤独という、マーの中核的主題がより前景化され、人と時代に対する鋭い観察眼と、物語を組み立てていく手腕の凄みが際立っている。 本書の評価は非常に高く、〈全米批評家協会賞〉と〈ストーリー・プライズ〉を受賞、『ニューヨーク・タイムズ・ブックレビュー』では、「予測不可能な展開を見せ、読了後も心に残る」と評され、短篇の名手としてもマーの才能を確かなものとしている。「ロサンゼルス」「オフィスアワー」「明日」ほか、不可思議な語り口と冷徹な観察眼が冴える8編を収録。 [目次] ロサンゼルス オレンジ G イエティの愛の交わし方 戻ること オフィスアワー 北京ダック 明日 謝辞 訳者あとがき

ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件

黄道十二宮を用いたイスラム教の加入儀礼の最中に宗派の導師が殺され、容疑をかけられた新聞記者。急行列車内で起きたロシア皇女のダイヤをめぐる犯罪に巻き込まれた舞台俳優。パンパの大草原を望むテラスで雄牛の行進を眺めつつ刺殺された農場主。下町の安ホテルに集う人々に新来の田舎者がもたらした波紋とその結末。雲南奥地の至聖所から盗まれた宝石を追ってブエノスアイレスへやって来た中国人魔術師の探索行……。身に覚えのない殺人の罪で投獄され、服役中の元理髪店主イシドロ・パロディが、面会人が持ち込む数々の難事件を対話と純粋な推理のみで解き明かしていく。熱心な探偵小説ファンでもあるボルヘスとその盟友ビオイ=カサーレスがH・ブストス=ドメック名義で合作。二十世紀文学の最前衛に位置する二人の作家のもうひとつの貌を教えてくれる、奇想と逆説と諧謔に満ちた探偵小説連作集。  H・ブストス=ドメック  序文 世界を支える十二宮 ゴリアドキンの夜 雄牛の神 サンジャコモの先見 タデオ・リマルドの犠牲 タイ・アンの長期にわたる探索  訳者解説

母の舌母の舌

多和田葉子さん絶賛! “移民文学の母”の初邦訳 「移民文学の母」と称されるトルコ出身のドイツ語女性作家の短篇集。 著者は、ドイツ文学の最高賞であるビューヒナー賞を2022年に受賞、ドイツ語圏以外の出身作家の受賞は史上二人目となり注目を集めた。著者の作品は20か国語に翻訳されている。 著者初の邦訳となる本書は、移民文学の原点として重要視されているデビュー作4篇に、ビューヒナー賞受賞記念講演を併録。母語の喪失の痛みとともに、歴史、性、宗教、文学を横断し、生まれたての言葉で世界を奔放に写し取る、圧倒的な語りの魔術! 「母の舌」:トルコ人女性の「わたし」は、祖国の政治的混乱から逃れ、ドイツのベルリンで暮らして17年がたつ。祖国での母との対話や祖母の姿、覚えている単語、友人が殺された記憶などを回想しつつ「わたし」は、どの瞬間に母の舌をなくしたのか、繰り返し自問する。そして母語を取り戻すために、祖父の言葉であるアラビア語を学ぼうと決心する…… 「祖父の舌」:「わたし」は失われた母語の手がかりを求め、ベルリンのアラビア書道の偉大な師、イブニ・アブドゥラーの門をたたく。指導を受けるうちに互いに愛しあい、「わたし」はイブニ・アブドゥラーの魂を身内に宿すと、アラビア文字たちは「わたし」の身体の中に眠りこんだ獣たちを目覚めさせた……

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