1994年8月10日発売
京の都は数年前から慢性的な飢餓に見舞われていた。ある日、ふとしたことから施粥を受ける窮民たちが貴族の乗物に襲いかかった。そのおり、その乗物の気品高い女主の危急を救ったのは二十四、五の若武者水無瀬左京、主は八代将軍足利義政の正室富子であった。富子にはまだ男子がなかった。男子がなければ将軍の跡継ぎは他所に持っていかれる。現に、義政は去年、弟の義視を還俗させて後継者にしようと準備していた。“そなたのような剛い武士がわたしは欲しい”という富子の願いを左京は拒絶していた。この後、大乱が都を包んだ。…歳月は流れて、女将軍の権力をもってしても夢が叶えられることなく、日野富子は死んだ。“一切の罪業を障滅して極楽へ行きたし”と。-赤松牢人の勇士と称えられた水無瀬左京の目を通して描かれた日野富子の世界。
江戸は浅草の鳥越神社のご祭礼も終わり、梅雨も明けようという季節、両国広小路にほど近い小料理屋『美舟』で、ちょっとした騒ぎが起こった。“暴れ馬”の異名で知られる街の嫌われ者、駕籠屋崩れの五郎八とその子分がなだれ込んだのだった。かつては柳橋で左褄をとっていたころからお侠で鳴らした女将のお舟が割って入るのを、お舟に気のある五郎八がお鉢を回して危うくなった女将を救ったのは、店の隅で静かに盃を傾けていた西国浪人仏伝八郎と名乗る若侍であった。お舟はその品のよい姿形にすっかりほの字になってしまった。以来、仏伝八郎には不気味な影が執拗につきまとう…。-長崎奉行の抜け荷事件にからんでまき起こるお家騒動の謎と仏伝八郎の活躍は…。
中京の盛都名古屋で代々呉服商を営んできた松丘家だったが、番頭の横領と当主の失踪によって破産状態に陥ってしまった。そして、それから七年ー二十三歳になった長男鍵一だったが、最後の頼みの綱であった“七宝の花瓶”を盗まれ、絶望のあまり恋人中込寿美子と古美の海岸で心中を企てた。その花瓶には松丘家に永年伝わる宝物を隠した場所を示す暗号模様が描かれていたからだった。ところが、運よく助けられた二人は、海辺に捨てられていた花瓶を漁師が拾っていたことを知って驚くとともに、その僥倖に力を得て宝探しの謎解きに再度挑むことになったが…。-表題作の他に「意外な告白」、第一回作品「残されたる一人」(脚本)を併収した。
十七世紀のイタリアを舞台にふたりの麗人と死せる者たちを巻き込んで展開する古風な惨劇。亡き女主人が丹精込めて造りあげた庭園-その呪われた庭を起点に開始される死の舞踏。『琥珀の城の殺人』で世の読者を瞠目させた著者が満を持して問う長編推理第二弾。