1995年9月発売
一瞬の隙に幼い娘が消えた-絶望の果てにバランスを失っていく妻と夫、危うい喪失感のうちに浮び上がる「もうひとつの記憶」…。倒錯的な美意識と痛烈な諷刺。イギリス文学界の奇才が、90年代の「暗黒郷」を幻想的に描く。ウィットブレッド賞受賞。
今をときめく梨園の御曹司と、向島花街に生きる売れっ子芸妓。芸の未熟をつかれて自らを見失い、姿を消した人気役者羽村市之助。一方、彼を案ずるお良の身には向島乗っ取りを狙う陰謀の影が迫り…。明治下町を舞台に人情の機微を描く力作長篇。
美食を愛し、色を好むラテン気質の愛犬ボーイは、また何時間でも蟻を眺めて過ごすデカルト流の内省的な性格も持つ。彼の目にうつった“人間、この不可思議なるもの”の物語。『南仏プロヴァンスの12か月』の著者がユーモアたっぷりに綴る“豊かな人生哲学とは”。
藤平潤子・智実-この母娘を神聖女子高で知らない者はいない。健康的な肢体、明晰な頭脳、活発な性格…学園のアイドル智実を、かねてから狙っている男がいた。鬼の生徒指導部長とは名ばかりの凌辱教師、長沼周兵だ。彼は特権を利して智実に近づきネチネチといたぶるものの、逆に失脚した。藤平母娘を諦めきれない長沼は、色事師の羽生と手を組み、二人を奴隷に堕とすべく、虎視眈々と計画を練り始めた…。
敗戦直後の未曽有の混乱状況は、中国大陸に農業技術普及のために渡り、各地で農民と接しながら力強く大地に根を張ろうとしていた一人の邦人を襲う。…変わり果てているであろう日本に引揚げるか、このまま大陸に残って骨を埋めるか、揺れる心情を描き切る。
陸奥の豪族安倍頼良の館では息子貞任の婚儀が盛大に始まった。平将門の乱が平定されてすでに百年を越え朝廷は蝦夷たちを俘囚と侮るばかりだった。源平の武士たちの台頭を前に東北の地に黄金の楽土を築こうとした藤原氏の夢がこの夜大きな炎となって燃えあがる。著者渾身の大作歴史ロマン全五巻刊行開始。
黄金の輝きが招いた戦乱を制した安倍頼良・貞任父子だが朝廷は源氏の総帥頼義を陸奥守として任命した。安倍一族と源氏の永い宿命の戦いがいま始まる。朝廷側に身を置きながらも、蝦夷たちの真実に触れ、藤原経清はもののふの心を揺さぶられる。後に「前九年の役」と歴史に記される戦いへと時は流れる。
大敗を喫した源頼義・義家は謀議を尽くして巻き返しをはかる。安倍一族の内紛、出羽清原氏の参戦で安倍貞任・藤原経清の苦闘がつづく。陸奥の運命を担う二人の男は大きな炎となって空を染めようとしていた。凄絶な戦いが源氏と安倍氏の存亡をかけ、戦さ場に生きる人人の愛と哀しみをたたえながら始まる。
相模屋の店先で雪駄が一足盗まれた。上野山下の助五郎親分は、懸命に追い、下手人・仙八を挙げた。そこで相模屋出入りの岡っ引・半次は、穏便に赦免してもらおうと、親分に頼みこんだ。ところが、うまくいかない。単純に見えた事件は意外な展開をみせはじめ、やがて大きな謎が…。直木賞作家の傑作捕物帳。
八代将軍吉宗の治世、陰陽易占が隆盛をきわめ、妖怪変化が跳梁するという江戸市中、さらに胆を潰す面妖な事件が次々と起る。天狗か怪盗・闇法師の仕業か?大岡忠相の懐刀、八の字眉に眇目、おまけに獅子鼻の与力石子伴作と、白面の素浪人、蝋燭ざむらいの推理合戦。奇想天外、一味も二味も違う大岡政談。
江戸の荒奉公で苦労の末、好きな俳諧にうち込み、貧窮の行脚俳人として放浪した修業時代。辛酸の後に柏原に帰り、故郷の大地で独自の句境を確立した晩年。ひねくれと童心の屈折の中から生れた、わかりやすく自由な、美しい俳句。小林一茶の人間像を、愛着をこめて描き出した傑作長編小説。田辺文学の金字塔。
中国・明からの冊封使を迎えて琉球はわきかえっていた。時は紀元十七世紀初頭、明では万暦三十四年、日本では慶長十一年のことである。一見華やかな冊封の儀式だが、実はその裏で、琉球は大和と明の間で苦しい立場に置かれていたのであるー沖縄、江戸、京都、薩摩、北京に展開する歴史ロマン。
愛も無力となるほどに苛酷な蝦夷の大地。厳しい寒さと水腫病が警備の藩士たちの生命を次々に奪った。和人たちの横暴を憎みながらも心を開き始めるアイヌの若き女、人妻への思慕を断ち切れぬ青年武士。苦悩の愛を抱えながら男たちは寡黙に、生命を賭けて北の守りを固める。自然と歴史に立ち向う愛の群像。
中原の小国鄭は、超大国晋と楚の間で、絶えず翻弄されていた。鄭宮室の絶世の美少女夏姫は、兄の妖艶な恋人であったが、孤立を恐れた鄭公によって、陳の公族に嫁がされた。「力」が全てを制した争乱の世、妖しい美女夏姫を渇望した男たちは次々と…。壮大なスケールの中国歴史ロマン、直木賞受賞作。
覇権を奪いあう諸王たちの中から、楚の荘王が傑出してきた。夏姫を手中にして逡巡した楚王は、賢臣巫臣に彼女を委ね、運命の二人が出合った。興亡激しい乱世に、静かに時機を待った巫臣は、傾国の美女を驚くべき秘密からついに解き放ち、新しい天地に伴うのであった。気品にみちた、長編歴史小説。