2018年11月30日発売
林林
人生は“樹”、家族は“林”。教育者と文筆家の夢を追い志半ばで没した「父」、家事から解放された後画家として頭角を表した「母」、妻の死後愛人と同棲を始めた「兄」…93歳が編んだ家族の物語。戦前から戦後にいたる一族の、それぞれの人生の一幕を活写し、迷い、もがきながらも生きる「人間」の姿を浮かび上がらせる短篇小説集。
惑郷の人惑郷の人
吉祥戯院の付近の道が姿を変えてまるで本物の日本統治時代になり、時空のねじれと記憶の逆流が鎮の生活リズムに奇妙な変化をもたらしはじめた。ばあさんは朝起きた後自分がどこにいるのかわからなくなり、寝ている家族を日本語で起こすようになった。レコード屋の店主はショーケースの中の包娜娜や謝雷の新譜レコードを取り外して、美空ひばりの古いジゃケットを並べた。じいさんは派出所に行って通報し、証拠を並べあげながらこう言うのだった。三十年前に南洋の戦場に送られ音信不通だった弟が前の晩に玄関に現れた…周縁の人生を幽明のあわいに描いた長篇小説。