著者 : キム・エラン
自分をいつも守ってくれた豪快な母。何もかもがうまくいかなかった、クリスマスの夜の苦さ。就職難の中で手に入れたささやかな「城」への闖入者。死んでしまった母親との、本当の別れ。大人になろうとする主人公たちの大切な記憶を鮮やかに紡ぐ、作家の自伝的要素もちりばめられた瑞々しい短編小説集。
タクシー運転手のヨンデは、車内で中国語のテープを聴いている。数ヶ国語を話せた、死んだ妻ミョンファが吹き込んでくれたものだ。何をしても長続きせず、「家族の恥」と周囲に疎まれ、三十六歳で逃げるように上京した彼は、中国の地方から出稼ぎに来ていた親切なミョンファと出会い、貧しいながらも肩を寄せ合うように暮らしていた。だが、やがて彼女はがんを患って…(「かの地に夜、ここに歌」)。韓国社会の片隅で必死に生きる声なき人々を愛と共感を込めて描く、哀切な9篇。
汚れた壁紙を張り替えよう、と妻が深夜に言う。幼い息子を事故で亡くして以来、凍りついたままだった二人の時間が、かすかに動き出す(「立冬」)。いつのまにか失われた恋人への思い、愛犬との別れ、消えゆく千の言語を収めた奇妙な博物館など、韓国文学のトップランナーが描く、悲しみと喪失の七つの光景。韓国「李箱文学賞」「若い作家賞」受賞作を収録。
国家とは、人間とは、人間の言葉とは何かー。韓国を代表する気鋭の小説家、詩人、学者たちが、セウォル号の惨事で露わになった「社会の傾き」を前に、内省的に思索を重ね、静かに言葉を紡ぎ出す。
臨月の母を捨て出奔した父は、私の想像の中でひた走る。今まさに福岡を過ぎ、ボルネオ島を経て、スフィンクスの左足の甲を回り、エンパイア・ステート・ビルに立ち寄り、グアダラマ山脈を越えて、父は走る。蛍光ピンクのハーフパンツをはいて、やせ細った毛深い脚でー。若くして国内の名だたる文学賞を軒並み受賞しているキム・エラン。表題作など9編を収載したデビュー作、待望の邦訳。