著者 : 丸山健二
存在の悲しみに膝を屈し孤絶と諦念に生きる中年の「私」。その静かすぎる日常に不思議な裂け目となって襲いかかるさまざまな死。死を生きるかのような「私」と死してなお響く彼らの声。生者と死者の交錯の果てに待ち受けていた奇跡は「私」を再生へと導くかー。独自の小説世界を疾走する作家が満を持して放つ書き下ろし中篇連作。
平身低頭の30年間を過ごした会社を早期退職した「私」。故郷を見下ろす村営住宅に転居し、のどかな風景のなかで哲学書を片手に、真の自分自身を取り戻そうする男が、静かに狂っていくーいまだ善を知らず、いずくんぞ悪を知らん。
平凡な家庭を持つ刑務官の平穏な日常と、死を目前にした死刑囚の非日常を対比させ、死刑執行日に到るまでの担当刑務官と死刑囚の心の動きを、緊迫感のある会話と硬質な文体で簡潔に綴る、芥川賞受賞作「夏の流れ」。稲妻に染まるイヌワシを幻想的に描いた「稲妻の鳥」。ほかに、「その日は船で」「雁風呂」「血と水の匂い」「夜は真夜中」「チャボと湖」など、初期の代表作7篇を収録。 ◎「丸山健二の文学性は、ジェームズ・ジョイスに通じる。本作品集に収録されている初期短編を改めて読みながら、私はそう思った。(中略)すぐれた芸術家は生涯を通して変貌を続けるが、若き日の作品群は作品を受容する側にとっての定点を提供する。ピカソのキュビズムは、初期の見事な絵画によって担保される。このような文脈において、本文庫に収められた初期の短編の数々は、弱冠23歳で芥川賞を受賞し、長年文壇と一線を画して孤高の道を歩んできた丸山健二の文学の全体像を理解する上で、重要な意味を持つのではないか。」<茂木健一郎「解説」より>
二人の首領を同時に射殺する暴挙に出た気鋭のやくざ「真昼の銀次」は北国の海岸に立つ高さ100Mの電波塔に潜伏した。人間らしい生き方を選んだ元舎弟の世話になり、大自然の移ろいに身を委ねているうちに、銀次が徹したはずの悪はひび割れてゆく。そんな銀次を“仮面”があざ笑い、“死に神”が地獄へと引きずり込もうとする。そこへ老彫り師が現われ、刺青を彫らせてくれと頼む。
自身を絶対悪に染めあげるため、虹の刺青を背負った銀次だが、死が周辺の人間に相次ぐ事態に直面して、魂が揺らぐ。生にも死にも見限られ、その狭間であがくアウトローが最後に対決した相手とは…。想像力と言語表現の限りを尽くした豊饒な文体と、従来のハードボイルドを寄せつけない凄まじい緊張の世界が、読む者を圧倒する。人跡未踏の小説世界を築いた丸山文学の傑作長編。
定年間際で会社を去り、男は故郷に戻った。死に場所と定め、数十年ぶりに眺める山村。そこではかつて、妹が惨殺され、世を儚んだ母が自殺を遂げていた。久々に訪れた実家には首を吊った弟の亡骸ー。それでもなお、自身の最期にはふさわしい地のはずだった。だが、ぶっぽうそうの鳴き声が響いた夜、仇敵は姿を現わした。女たちを狙う猟奇殺人犯を、男は餓鬼岳の頂上に追い詰める。
首吊り女が産んだ奇跡の子。齢千年の巨樹はその未来を見通した。親も家も名も持たぬ「おまえ」を待つ、腐臭を放つ二十一世紀の日本。「おまえ」は盗みをくりかえし、白毛の老猿が語る謎の詩集に導かれ、個の自由を求めて流れゆく。だが、猛火と爆発を逃れつづけた「おまえ」の姿が捉えられる瞬間はついにやってきたー。強烈なスリルと暴力的な興奮が横溢する新世紀への黙示録。
自由を蹂躪され、窮地に立たされた「おまえ」を救ったのは大地震だった。そして、その地異は首都を壊滅させ、民衆の理性を奪い去った。独裁者はこの機に乗じた。愚民はわれ先に従った。「おまえ」は詩集を味読し、ナイフを振り下ろした。酒浸りの日々から復活すると、運命を海に託した。そして波間で裏切られた。憤怒を楽しむ「おまえ」は流れゆく者の使命を悟り、真の敵へと向かう。