著者 : 久世光彦
執筆に行き詰まり、衝動に任せて麻布の長期滞在用ホテルに身を隠した探偵小説界の巨匠・江戸川乱歩。だが、初期の作風に立ち戻った「梔子姫」に着手したとたん、嘘のように筆は走りはじめる。しかし小説に書いた人物が真夜中に姿を現し、無人の隣室からは人の気配が…。耽美的な作風で読書人を虜にした名文家による、虚実入り乱れる妖の迷宮的探偵小説。山本周五郎賞受賞作。
食べることは色っぽい。味わうという言葉も、口に合わないという言い方も、考えてみれば男と女の味がする…。湯豆腐、苺ジャム、蕎麦、桃、とろろ芋、お汁粉、煮凝、ビスケット、無花果、おでん。食べもののある風景からたちのぼる、遠い日の女たちの記憶。ひたむきで、みだらで、どこか切ない19の掌篇集。
いつでも女の人に甘え、その場をずるく言い逃れ、迷惑という迷惑をかけ通しだった。でも実は、身をよじるようにして、この国と、国民のことを案じていた。十五歳の「私」を見つめる時、まぎれもなく、母にすがる目をしていた。玉川上水に女と身を投げたあの人は…。一人の女生徒が物語る、優しくて汚くて、誇り高くて品がなくて、「無頼派の旗手」と呼ばれた小説家の「死」まで。
「蕭々館」で夜ごとくりひろげられる、最後の「高等遊民」たちの幸福なひととき。芥川龍之介、菊池寛、小島政二郎-「大正」という時代に、青春を共にした三人の作家を描きながら、立ち去ろうとする一つの時代への思いを綴る傑作長篇。
ガラス張りの午後の喫茶店でも爽やかに口にしたくなる、大らかで明るい呼び名を女性のアソコにーそんなキャンペーンを企画したのは、低迷気味月刊男性誌の編集部員ユウコ、猫みたいにいい女。BFのカオルがまた、申し分なくいい男。でもこの二人には、一つだけ難点がある。どうしても出来ないのだ、アレが…。おかしくも切なく、卑猥にして気高きビルドゥングス・ラヴ・コメディ。
見えない、聞こえない、想うことしか出来ない。でも、待ち続けている。待てども来ぬ春を。あのクリムトが、そうだったように…。待っているのは私。とり残された土蔵に暮し、クリムトの偽絵を描く、この私。私の前に現れたのは、不幸の匂いを持つ女、キキ。新鮮な果実には腐敗を、若者の肉体には末期の老醜を見てしまう女。そして女も、春を待っていた。-哀しくも静謐な、愛の綺譚。
陛下、金木犀の香りに包まれて、あなたに愛されたい…陸軍中尉・剣持梓は、幼い頃から繰り返し見る幻の中で、陛下への熱い思いを募らせてきた。青年将校たちの間で昭和維新が熱っぽく語られる時代、心ひかれる存在・北一輝との交流を経て、梓は静かに“叛乱”に身を投じてゆく…。史上希有な“官能的事件”ともいうべき二・二六事件の外伝、そして甘美で衝撃的な恋愛物語。
しーちゃんは町の大きな家の娘で、二十歳を過ぎているけれど静かに狂っていた。十四歳の私は、赤い椿のようにきれいなしーちゃんが大好きだった。でもしーちゃんは、好きだと言われれば誰にでも喜んで体を開く。だからある夜、私もしーちゃんの熱い脚の間で望みを果たした。しーちゃんは次の夏、狂ったまま死んでしまったー。胸の奥底に残る甘くせつなく恐ろしい恋の記憶の物語。
昭和九年冬、江戸川乱歩はスランプに陥り、麻布の「張ホテル」に身を隠した。時に乱歩四十歳。滞在中の探偵小説マニアの人妻や、謎めいた美貌の中国人青年に心乱されながらも、乱歩はこの世のものとは思えぬエロティシズムにあふれた短編「梔子姫」を書き始めたー。乱歩以上に乱歩らしく濃密で妖しい作中作を織り込み、昭和初期の時代の匂いをリアルに描いた山本周五郎賞受賞作。
春が来ないのなら、夢でも見るしかない…。クリムトの名画に寄せて描く哀しい恋の伝説。カラー図版多数収録!古し土蔵のなかで、世紀末ウィーンの画家クリムトの贋絵を描いて暮らす「私」を時折訪ねてくる不思議な女キキ。そのキキが描く肖像画には秘密があり、やがてひとつの「事件」が…。やって来ない「春」を待ち続ける登場人物たちの静かで哀しい日々を、クリムトの絵画と懐かしい映画に寄せて綴る、爛熟の香り高い長編。
青年将校たちの間で昭和維新が熱っぽく語られる時代-。若き陸軍中尉・剣持梓は、幼い頃から繰り返し見る幻の中で、陛下への熱い思いを募らせる。魔王のような存在・北一輝との交流や、実姉との危うい関係の果てに梓はついに“叛乱”に身を投じてゆく…。歴史上希有な“官能的事件”とも言うべき二・二六事件外伝にして、刺激的な“恋愛小説”の登場。山本周五郎賞受賞第一作、衝撃の長編小説。
妻と病室の窓から眺めた満月、行方不明の弟を探しに漕ぎ出た海で見た無数のくらげ、高校生に成長した娘と再会して観た学生野球…。せつなく心に残る光景と時間が清冽な文章で刻み込まれた小説集。表題作の他「くらげ」「残塁」「桃の宵橋」「クレープ」と名篇を収録し、話題を呼んだ直木賞作家の、魂の記念碑。