著者 : 北原亜以子
めったにない幸運は、ある日突然やってきた。鮓売りの与七が、こはだの鮓を分けてくれたのである。作兵衛は、夢にまで見た鮓に小躍りするのだが…。江戸の浅草が舞台の表題作をはじめ、本所を舞台に職人の日常を描いた「たき火」「泥鰌」など、市井人情ものの単行本未収録短編小説に加え、幻のデビュー作「ママは知らなかったのよ」と、新選組関連作品の原点とも言える読み物を特別に収録した作品集。
関ヶ原の前哨戦、安濃津城の戦いにて、夫の身を案じ自ら敵中に入り槍をふるった女性がいた。富田信高の妻、苳姫の戦中での活躍を描いた表題作「いのち燃ゆ」。夫を殺した敵の正体についての手がかりを得るべく、吉原遊女として身を沈めた太夫・瀬川の決断を活描した「乱れ火」など、過酷な運命に翻弄されながらも、逞しく生きる女性を描いた時代小説短編集。文庫初収録となる3篇のほか、厳選した名作を所収。
夫の無実を信じる妻、弟の死に陰謀の気配を感じ取った兄…。敵を追って二人が向かった先は、天保の改革で開拓が進む印旛沼。そこには「化土」が渦巻いていたー。男と女の秘めた想いが交錯する。構想20年、著者が遺した渾身の長編小説。
手と手を取り合って房州館山から江戸に駆け落ちしてきた三次とおとせ。掏摸にあい、公事師に騙され、おとせに代わり妓楼の女主人に買われた三次。料理屋の女将となったおとせは、「おらもあとから逃げる」という三次の言葉を信じて、ひたすら待ち続けた十年の月日。強引に林之助に口説かれたその日、偶然三次に会えたおとせの心はなぜか二人の間で揺れて…。(「恋情の果て」より)。見栄、嫉妬、未練、欲望…静かに熱く葛藤する女たちを描く、珠玉の時代小説短編集。
旦那は鬼だねー。「仏の慶次郎」を二十年恨み続けてきた男は、その凶刃を聟の晃之助に向けた。慶次郎の胸に去来するのは怒りか、後悔か。病床で書き上げた執念の絶筆「冥きより」を収録。著者、渾身の一巻。
咲き誇る藤棚の下、今小町と謳われた飛脚問屋の娘おさんは、大経師の浜岡権之助に見初められ嫁入りした。大経師は暦を開板する特権を朝廷から得ている家柄だが、権之助は暦作成を主導しようとする幕府の動きを知り、画策を始めた。一方、おさんは想い人が忘れられない…。天和年間に京で起きた姦通事件を元に近松・西鶴も作品に取り上げた、悲恋の心中物語「おさん茂兵衛」決定版。
祝言を間近にひかえながら暴漢に襲われ、命を絶った愛娘。「仏」の名を捨てて復讐に奔走する父として定町廻り同心・森口慶次郎が初登場する表題作や、妻に逃げられた男と子供を授からなかった女の交情を描いた「うさぎ」等、ままならぬ運命と向き合う江戸庶民の姿を鮮やかにすくいとった傑作短篇集。
紺屋の大店の末娘おたえは、幼くして両親を亡くし、叔父の店で育った。奉公人の弥吉は、五つ年上の型付け職人。いい仲になった二人を、叔父は夫婦養子にと考えていたのだが…。ささやかな幸せを求め健気に生きている、そんな女の一途な想いを情感溢れる筆致で細やかに描いた、珠玉の時代小説七篇を収録。
江戸で五指に入る狂歌師となった政吉は、野心のあまり落ちこぼれて行くが、唯一救いの燈がともっていて…。幼い頃親を失ったお若は、腕のよい仕立屋になれたが、一人の心細さがつのる時は、まっすぐに深川澪通りに向って…。辛い者、淋しい者に、無条件に手をさしのべる木戸番夫婦を描く、傑作時代長編。
材木問屋・和泉屋甚助-みずからの号を反物に染め、馬子唄に折り込ませる。あの手この手で名を広めようとするこの男、ただの売名か大粋人か?(「憚りながら日本一」)高名な画人・池大雅と玉瀾夫妻-二人を訪ねた男は、あまりに風変わりな生き方に仰天するが、この訪問には裏が。(「あやまち」)講釈師・馬場文耕-美濃郡上藩の騒動を高座にかけ、お上の手前まずいと知りつつ、しゃべりだしたらとまらない…(「いのちがけ」)など、奇にして潔なる人々を描く傑作集。
博奕で鳴らした直次郎が貧乏御家人に聟入り。純粋無垢、清楚で美しい娘を妻にしたのは良かったが…。悪漢の度肝を抜く世間知らずな女を背負った直侍受難の日々。喧嘩、博奕、強請り、賄賂…でもどこか憎めない江戸の悪党たち。軽妙洒脱、北原流江戸ピカレスク。
中央停車場の工事現場で働く青年、自由恋愛を夢見て東京へ出てきた娘、ステーションホテルを舞台に女に声をかけ結婚詐欺を繰り返す男、化粧室で変身し男を誘って小遣い稼ぎをする女教師…東京駅に繰り拡げられる人間たちのドラマを、鉄道と町の発展を背景に描き、著者の新境地を示す短篇連作。
江戸一の狂歌師になった塩売りの喧嘩政。美男の薬売りに恋焦れる独り身の裁縫師お若。悲しい時、淋しい時、人々が心を寄せ、身を寄せる、木戸番小屋のお捨・笑兵衛夫婦。出世作『深川澪通り木戸番小屋』を超えるたのしさ。江戸の下町を描いてNo.1。直木賞作家北原亜以子の泉鏡花賞作品『深川澪通り木戸番小屋』につづく傑作。江戸が流れ江戸が匂い江戸が溢れる長篇時代小説。
愛する江戸の町を焼いちゃいけねぇ-。薩長軍の足音聞こえる神田鍛冶町・下駄新道の長屋で、千の言語に三つの真実(せんみつ)の上を行く、口にする言葉はすべて嘘の茂平次と、彼を取り巻く町娘、百姓の伜、芸術、下級武士たちが繰り広げる人間模様。激動期江戸の庶民群像を愛情こめて刻みあげた傑作連作長編小説。