著者 : 古川薫
二〇歳に満たない少年兵を布張りの練習機で敵艦に体当たりさせる特攻作戦が行われた太平洋戦争末期。整備士の深田隆平は練習機が特攻に使われるとは思いもせず、悪戯心で操縦席に武運長久の祈りを刻んだ。あと数日で終戦と噂されるが、そんな隆平のもとへ特攻隊員と思しき若者から匿名で感謝の手紙が届くー。実体験をもとに綴る奇跡の邂逅譚。
明治維新の英傑でありながら、新政府に叛旗を翻した男・西郷隆盛。歴史に大きな足跡を残しながらも、さまざまな謎に包まれたその実像を、盟友や家族といった周囲の人々の目を通して浮かび上がらせた傑作短編集。江戸無血開城に至るまでの勝海舟との交流(海音寺潮五郎「西郷隆盛と勝海舟」)、西南戦争にも従軍した息子・菊次郎から見た父の意外な姿と親子の絆(植松三十里「可愛岳越え」)など、五編を収録。
幕末の乱世、尊王攘夷派志士の中心人物として短い人生を駆け抜けた久坂玄瑞。長州藩医の子として生まれ、黒船来航から間もなく家族を喪ない、攘夷の志に燃えた。松下村塾の双璧として高杉晋作と並び称され、師・吉田松陰の妹を妻とした。詩を愛し、武に生き、もののふとして散ったその生涯を描いた決定版。
軍人としては陸軍大将、政治家としては実に三度も首相の座についた桂太郎。激動の明治時代を生きたこの武人宰相は妥協と忍従の姿勢の陰で、癌研究会、日本赤十字社、そして拓殖大学の創立に尽力、「新生日本」のための布石を次々に打っていたー。「ニコポン首相」と呼ばれた男の知られざる豪胆さを描く。
「敵を打ち倒すために大事なことは、武略・計略・調略。それ以外のなにものも不要じゃ」-。元就の卓越した知将としての策略は忍びの者を遣った情報戦、敵の裏をかく合戦陣形、謀略を駆使した政治にあらわれた。下剋上の戦国期に小豪族から身を興し、宿敵陶氏、大友氏、尼子氏らとの激闘の彼方に西国平定の野望を見据えた稀代の猛将毛利元就を描いて、その意外な素顔に迫った長編小説。
“歌に生き恋に生き”た世界的に名を馳せたオペラ歌手・藤原義江ー。スコットランド人の貿易商を父に、下関の琵琶芸者を母に持った義江の波瀾万丈の生涯を感動的に描いた第104回直木賞受賞作。義江、父リード、母キクそれぞれの“漂泊”の人生、義江と女性たちの華麗な恋の曼陀羅を、同郷人の目で描く。
江戸期、長州七代目藩主となった毛利重就は、藩財政の巨大な赤字に驚く。そして陰棲していた、かつての能吏、坂時存を起用、財政建て直しを命じる。坂時存が、奇矯にも萩城内の廊下に机を据えて事務室を設置、考え出した大胆かつ卓抜な経済計画とは何だったか?特異な時代の人間像を描いた秀作集。
明治政府に反逆し、賊として処刑された者たちが、維新前夜の功績を評価されて次々と贈位されていく中で、奇兵隊三代目総管・赤根武人の名誉がついに回復されなかったのはなぜか。現代の法廷に、山県有朋、伊藤博文らを次々に冥界から証人として喚問し、著者の分身たる弁護人が維新史の暗部に横たわる謎をえぐりだす表題作をはじめ、明治維新前後に材をとった力作3編を収録する。
室町期、西日本切っての勢力を誇る守護大名大内氏の三十一代当主義隆はとりわけ貴族趣味が強く、武力強化よりも京都文化の摂取に熱中する。山口を京都の街並みに模し、文化人を招いては宴を催した。その結果、家臣間に亀裂を生み、やがては救いがたい破滅への道をたどることになるが…。大内氏の栄光と失墜を活写する長編。
吉田松陰と高杉晋作。この2人の生涯をたどれば、明治維新の概略を知ることができる。アヘン戦争、ペリー来航、安政大獄、攘夷戦、長州征伐…極東に延びてきた世界史の触手や、顕現化した幕政矛盾と直接、間接に関わりながら、松陰と晋作の人生は展開されていった。安政4年秋、松陰と晋作の運命的な出会いから、歴史はかすかな屈折を始めた。松陰・晋作の生涯に維新史を重ねた力作長篇。
日露戦争で満州軍参謀として日本の命運を担い、後に昭和の宰相となった田中義一。幕末に駕篭かきの悴として生まれた彼は、立身の手段として軍人の道を選び、近代国家の歯車となって生きることを決意する。義一は軍事大国ロシアの内情を探ることを命ぜられ、ペテルブルグに赴いて情報収集の秘密任務につくが…。明治の男の強烈な上昇志向と自己実現の軌跡を辿る書き下ろし長編小説。
維新を動かした英才たち、高杉晋作や伊藤博文に、大きな影響を与えた松下村塾。その塾長・松陰とは、どんな人物だったのか。三十歳の、短い燃焼度の高いその生涯を描き、思想と行動を浮き彫りにする。
幕末の長州に生まれ、先取の気性と果断な行動で尊王攘夷の志士となった高杉晋作の短かく激しい生涯は、まさに動乱の世を奔るものだった。その晋作のユニークな素顔を、松下村塾時代の師、仲間、奇兵隊結成でバックアップした豪商、あるいは愛人だった芸妓などの視点から鮮やかに描き出した、著者得意の領域の歴史小説集。
野山獄に幽閉されていた吉田松陰にほのかな恋情を寄せる年上の女囚高須久子の目を通して、新しい松陰像を描く表題作、長州藩の犠性となって切腹させられる3家老の三様の死にざまを描く「見事な御最期」、井上聞多暗殺未遂事件にまつわる数奇な物語「刀痕記」など情感に満ちた維新の青春像を描く歴史小説の好著。