著者 : 小島信夫
実在の小説家たちを巻き込んだ混沌の結末 前巻で、主人公・前田永造と『別れる理由』の作者が電話で延々と語り合うシーンが描かれたかと思えば、場面は急に作者が出席したパーティ会場に移る。そこには永造のほか、藤枝静男、柄谷行人、大庭みな子といった実在する小説家、評論家たちがおり、愛と性、文学、哲学などについてのとりとめもない会話が展開される。 挙げ句、連載されていた雑誌「群像」の編集長が作者に話を早く進めるよう促すなか、「『月山』の作者」という人物(森敦)が登場し、物語はいよいよクライマックスへーー。 第38回日本芸術院賞、第35回野間文芸賞を受賞した小島信夫“執念の大作”最終刊。
ついに作者が登場し、主人公と哲学問答 前巻で描かれた、アキレスとアキレスの馬による「トロイ戦争の原因」に関する考察は本巻でも延々と続き、一向に出口が見えない。 と、そこに白い馬が現れ、ようやく物語は動き出すーーかと思いきや、突然「作者特別回」が始まり、『別れる理由』という小説そのものについての考察がなされる。 しかし、主人公・前田永造が作者に「ねえ、小説家」と電話で語りかけ哲学問答を始めるなど、物語は再び混沌の世界にーー。 文芸誌「群像」に150回にわたって連載された、小島信夫“執念の大作”の第5巻。当巻には第101話から第125話までを収録。
女教師との交わりで「夢くさい」世界が暴走 文芸誌「群像」に連載された、小島信夫の“執念の大作”第4巻。全150話のうち第73話から第100話までを収録。 前巻で描かれた、ミュージカルとも前衛演劇ともつかない「夢くさい」世界が、一気呵成に暴走を始める。 妻・京子の実子・康彦の担任女教師・野上と主人公・前田永造の淫靡な世界が繰り広げられたかと思えば、永造は突如として馬になり、王妃が誘拐されたことに端を発するトロイ戦争ついて考察を始めたりするーー。 時間の流れも、舞台がどこなのかも判然としないカオスの極みを描ききる、鬼才・小島信夫の真骨頂。
幻想世界で繰り広げられる「愛と性の狂宴」 文芸誌「群像」に連載された、小島信夫の“執念の大作”第3巻。 アメリカ人の知人であるワシントンの妻・悦子との逢瀬を妄想していた作家の前田永造は、偶然に再会したワシントンと二人でボウリング場へと出かけ、あれこれボウリングの指南を受ける。だが「どうも夢くさいぞ」という永造のひと言を契機に、自宅にはワシントン夫妻を始めとして様々なゲストが往来し、さながら舞台劇のような“幻想の世界”へと突入していく。 めくるめくような狂宴が繰り広げられ、遂に永造は悦子と“夢の中での性交”へと臨むことになるのだがーー。
現在と過去が交錯して浮かびあがる「姦通」 文芸誌「群像」に連載された著者の“執念の大作”第2巻。 前田永造の妻・京子が前夫・伊丹との間に設けた長男・康彦は、母のいない寂しさから家出を繰り返す。 康彦の学校へと出向いた永造は、どこか馴れ馴れしい担任の女教師に名前を「作家・前田永造」と呼び捨てにされ不快ながらも性生活について論じたりもする。 そこから一転、先妻・陽子が存命の頃、後に京子の友人として再会する幼なじみ・会沢恵子との不倫の過去へと物語は移行していく。現在と過去が交錯しながら織りなされるように展開していく「姦通」をテーマにした異色の愛憎世界!
姦通をテーマに“愛のカオス”を描いた大作 “第三の新人”を代表する作家・小島信夫が、文芸誌「群像」に1968年10月から1981年3月まで、全150回に亘って連載した“執念の大作”ともいえる全6巻の序章。 第1巻には第1〜22話までを収録。幻想のごとき脆い夫婦関係を描いた名作『抱擁家族』から17年を経て、主人公は三輪俊介から前田永造と変貌したが、本作でも「姦通」をテーマに据えている。 夫婦の愛、男女の愛、人間の愛のカオスを複層的、かつエネルギッシュに描き、伝統的な小説の手法を根底から粉砕した文学世界が展開される。第38回日本芸術院賞、第35回野間文芸賞を受賞。
「僕たちが外国から受け入れたものは、矛盾をうんでいる。その皺よせは家の中へ来るさ」 妻の情事と病。子供たちの離反。 夫は崩れゆく家庭をつなぎ止めようと、進行する悲劇とは裏腹に喜劇を演じ続ける。 鬼才の文名を決定づけた、戦後文学の金字塔。
イデオロギー的偏向やうすっぺらな善悪を超え、戦場の奇妙な人間模様を描くことで、不気味なユーモア、シュールな世界として、“戦争”を読者に刻みこむ。兵士たちに蔓延する「迷子病」が県城自体の引越しを誘発する「城壁」ほか、寓話的ともいえる作品のなかにも暗号兵としての自らの体験が息づく。戦争文学のもつ既成像を粉砕し、小島信夫の世界観の核を示す九作品。
芥川賞受賞作「アメリカン・スクール」から戦後文学の金字塔といわれる「抱擁家族」までの十年間の短篇作品を精選。この間、アメリカ留学、家の新築、妻の手術、妻の死、再婚と、著者自身へもめまぐるしい「事件」が生じ、“関係”をめぐるドラマが主題となる。見知らぬ男からの一方的な関係、監禁という関係、友人のなかにいる異質な友との関係、友人と妻との姦通…。「抱擁家族」へとなだれ込む、貴重な短篇集成。
物語は、著者自身の分身とおぼしき小説家・古田信次が、郷里岐阜に住む詩人・篠田賢作に自分の年譜の作成を頼むことから始まる。二人の会話を主軸に、美濃に関係の深い人物たちが、複雑に絡み合い、蜿蜒と繰り広げる人間模様。愛する故郷の自然、風土、方言、歴史を取り込み、ルーツを探りながら、客観的に「私」を見つめる。伝統的な小説作法、小説形式を廃した、独特の饒舌体による新機軸の長篇小説。
夫の顔を見分けぬ施設の老妻を哀れみ、年少の小説家がかけた自作への賛辞に驚く。切実な老いに日を過ごす90歳の「私」に、「抱擁家族」「菅野満子の手紙」など、かつて問題作と呼ばれた旧作自著を繙く機会が訪れる。ただ、約束の作品を書きあげ、「今を乗り切る」ために…。小説と、自らの家族の半生を巡り、自在に展開する文学者の強靭な思考を鮮やかに結晶化した遺作/最高傑作。
かつての作品の引用から、実在する家族や郷里の友人らとの関係のなかから、ひとつの物語が別の物語を生み出し、常に物語が増殖しつづける“開かれた”小説の世界。“思考の生理”によって形造られる作品は、自由闊達に動きながらも、完結することを拒み、いつしか混沌へと反転していく。メタ・フィクションともいえる実験的試み九篇を、『別れる理由』以降の作品を中心に自選。
「老小説家・小島信夫」に縁のある三つの土地、各務原、名古屋、国立で語り始められる連作小説集。記憶障害をもつ妻「アイコさん」との生活を中心に紡がれてゆく日常と回想。淡々とした中に上質なペーソスとユーモアに包まれる傑作作品群。
八十を過ぎた老作家は、作者自身を思わせて、五十過ぎの重度アルコール中毒の息子の世話に奮闘する。再婚の妻は血のつながらぬ息子の看病に疲れて、健忘症になってしまう。作者は、転院のため新しい病院を探し歩く己れの日常を、時にユーモラスなまでの開かれた心で読者に逐一説明をする。複雑な現代の家族と老いのテーマを、私小説を越えた自在の面白さで描く。『抱擁家族』の世界の三十年後の姿。
妻の情事をきっかけに、家庭の崩壊は始まった。たて直しを計る健気な夫は、なす術もなく悲喜劇を繰り返し、次第に自己を喪失する。不気味に音もなく解けて行く家庭の絆。現実に潜む危うさの暗示。時代を超え現代に迫る問題作、「抱擁家族」とは何か。<谷崎潤一郎賞受賞作品>