著者 : 川崎長太郎
食えない作家志望の青年との同棲生活を描く。「こう世間が不景気じや、あなたの勤口もあぶないもんだし、筆の方でちやんとやつて行ける自信だつて、ないんでしよう。-ね、家を持てないなら私と死んで頂戴!家を持つか、心中するか、どつちかにして頂戴よう!」いつまでたってもうだつの上がらない作家志望の青年・捨六と、浮気癖のある若い女給・時子。食い扶持を求めて小田原、名古屋、東京と転々とするものの、なかなかお金を稼げない捨六に、業を煮やした時子は心中してくれと懇願するがー。時子の独白で綴られる表題作に、久しぶりに再会した二人の一夜を描く後日談「別れた女」を併録。
「先生が憎い。-こんなに、わたし好きになってゐるのに、本当に解つてくれないッ。」と、花枝は、髪の乱れた額で、先方の胸倉をこづくようであつた。「そんなことがあるものか。重々、ありがたいと思つてゐる。」-小田原の物置部屋で作家活動をする竹七と、夫が書いた作品を見てもらうため、ときおり竹七の元を訪れていた花枝。うだつの上がらない初老の作家と、2人の子を持つ25歳の人妻が、いつしか互いに離れられない関係になりー。前後して発表された『抹香町』とともに著者の出世作となった、これぞ私小説といえる逸作。
小田原の私娼街「抹香町」の芸者とのつかず離れずの関係を描いた「捨猫」、著者のファンとして訪ねてきた人妻との淫靡な駆け引きを綴った「火遊び」など、著者が交情を重ねた相手とのエピソード8篇に、師と仰ぐ徳田秋声にまつわる女性の話「小説 徳田秋声」など全10篇を収録。私小説作家・川崎長太郎、愁眉の短篇集。
物置小屋で生まれた、「小津もの」含む名私小説9篇。小田原の魚商の長男として生まれた著者・川崎長太郎は、家督を弟に譲り、文学の世界へ。たびたび東京暮らしを経験するが、30歳になる頃、小田原の海岸にある実家の物置小屋に住み着き、物書きのかたわら私娼窟通いを続けるー。そんな著者の尋常ならざる日常を切り取った、味わい深い私小説集。「淡雪」「月夜」「浮雲」はうだつの上がらない物書きとのつかず離れずの関係を、若い小田原芸者の視点で描いた佳作。映画監督・小津安二郎(ここでは「大津」として登場)と、「小川」として登場する著者、そして小田原芸者との三角関係を描いた、いわゆる「小津もの」のひとつ。そのほか、実家で働いていた奉公人を描いた「ある生涯」、著者を批判し続けるが薬物におかされてしまった友人を描く「ある男」など、全9篇を収録。
『抹香町』によって、時代の寵児となった川崎長太郎ー。しかし短篇群“抹香町もの”の全体像は、纏められたことがない。初期作「夜の家にて」から、売春防止法施行、「抹香町」の消滅、その後日譚まで、十四篇を精選した本書は、『新編 抹香町』ともいいうる。煽情的な私娼小説を超え、孤独な男女の魂の道行、虚飾を剥ぎ取り、危険水域に生きる者たちの生の原形質へと迫る。長太郎文学の核心を余すところなく示した、歿後三十年記念出版。
川崎長太郎には、小田原の花街・宮小路を舞台とした“小津もの”と称される一連の作品がある。スター的映画監督・小津安二郎と三文文士・長太郎が、ひとりの芸者を巡り対峙する。長太郎に勝ち目はない。ひたすら“純情”を武器に、小津の独身貴族的不誠実を衝く。小津自身に読まれることを見越した如く書かれた挑戦的な戦前・戦中作九篇に、ヒロインのその後を辿る戦後作を加え全十篇を収録。半数は単行本未収録。
六十歳を過ぎての結婚から、八十三歳の死まで、自らの「老い」と「病」を見つめた、晩年二十年にわたる珠玉の短篇を集成。三十歳年下の女性との結婚に至る葛藤と顛末を描いた「彼」「老残」。その後の結婚生活の波瀾を記す「老坂」。病と向き合う「海浜病院にて」「七十歳」。死を身近に感じる「夕映え」、そして絶筆「死に近く」-最期まで文学への情念の炎を燃やし続けた「私小説家」川崎長太郎の真髄に迫る。
文学に憧れて家業の魚屋を放り出して上京するが、生活できずに故郷の小田原へと逃げ帰る。生家の海岸に近い物置小屋に住みこんで私娼窟へと通う、気ままながらの男女のしがらみを一種の哀感をもって描写、徳田秋声、宇野浩二に近づきを得、日本文学の一系譜を継承する。老年になって若い女と結婚した「ふっつ・とみうら」、「徳田秋声の周囲」なども収録。