著者 : 松本清張
「重大事態発生です」-ある早春の午後、官邸の総理大臣にかかってきた、防衛省統幕議長からの緊急電話が伝えた。Z国から東京に向かって誤射された、5メガトンの核弾頭ミサイル5基。1発で、東京から半径12キロ以内が全滅するという。空中爆破も迎撃も不可能。ミサイルの到着は、あと…43分。ラジオ・テレビの臨時ニュースによって、真相が全日本国民に知らされた!SF的小説に初めて挑戦した松本清張の隠れた名作。
男というものは絶えず急な斜面に立っている。爪を立てて上に登って行くか、下に転落するかだー。十年ぶりに会った女は、男の会社の実力派会長の妾だった。彼女を利用して昇進に成功した男はやがて彼女の存在が邪魔になり…。表題作の他、強盗殺人犯の妻と張り込みの刑事を描く「失敗」など全六篇の短篇を収録。
深夜、東京の閑静な住宅街に一台のトラックが突っ込んだ。やがて起きる二つの殺人事件。事故と事件をつなぐ奇妙な鍵を炙り出す表題作。併録は人気ドラマの原作。上流家庭を気取る一家に家政婦として入った信子。どんなに表向きは幸せそうな家庭にも必ず不幸はあり、それを発見するのが信子の秘かな愉悦だった。
戦後の窮乏生活が遠のき、古来の慎ましさと新しい欲望が錯綜する昭和30年代ー。高度成長直前の時代の熱は、地道な庶民の気持ちをも変えていく。浮気・出世欲・カルト宗教・金儲けにはまり、やがて三面記事の紙面を賑わす殺人事件へ。武蔵野の自然や駅前の街並みなど旧き良きニッポンの風景の中で堕ちていく男女をテーマにした短編を厳選。オウム事件を予言するような怪ミステリーを含む5編を収録する。
会社のOB会で拾う不満のタネ。退屈な隠居部屋でうごめく春機。必死で守り抜いた暮らしを全取っ替えしたい衝動ーある日を境に永年の職場を失った男たちが引き起こす生々しい事件と犯罪。諦めと寂しさ。執着と滑稽。彼らの孤独な姿を、懐かしい昭和日本の風景と共に見事に描き切った清張文学の真骨頂である。秀逸な短編を次々著した昭和30年代作品群の中から人生の晩節をテーマに選び抜いた、粒ぞろいの短編集。
清張ファンを自認する宮部みゆきが巨匠の傑作短篇を選びに選び、全てに解説を付けた。上巻はミステリ・デビュー作「恐喝者」の他、宮部いち押しの名作「一年半待て」「地方紙を買う女」「理外の理」や、「或る『小倉日記』伝」「削除の復元」の鴎外もの、斬新なアイデアで書かれた「捜査圏外の条件」、画壇の裏面を描く「真贋の森」等を収録。
宮部みゆきの清張短篇コレクション中巻。「遠くからの声」「巻頭句の女」「書道教授」「式場の微笑」など、悪女を描けば筆が冴えわたった清張が短篇小説で見せた“淋しい女たち”の数々。そして、夢破れ、己の居場所を失った“不機嫌な男たち”を登場させた名作群「共犯者」「カルネアデスの舟板」「空白の意匠」「山」を収録した。
清張の傑作短篇を宮部みゆきが選ぶシリーズ最終巻。昭和史の謎に精力的に取り組んだ清張が、権力に翻弄される人間を描いた「帝銀事件の謎」「鴉」や、絶妙なタイトルとストーリーの傑作「支払い過ぎた縁談」「生けるパスカル」「骨壷の風景」。さらに横山秀夫ら松本清張賞受賞作家が推薦する名作「西郷札」「火の記憶」「菊枕」も収録。
役所勤めの浅井が、妻の死を知ったのは、出張先の宴会の席であった。外出中、心臓麻痺を起こし急死だったという。発作は、どこでどう起きたのか。義妹によって知らされた死に場所は、妻から一度も聞いたことがなかった地名であったー。死の真相を探るうちに、思わぬ運命に巻き込まれていった男の悲劇を描く復讐サスペンス。
二十年ぶりに再会した泰子に溺れていく私は、同時に彼女の幼い息子の不信な目に怯えていたー「潜在光景」。借金苦で自殺した社長はなぜ八十通もの遺書を残していたのかー「八十通の遺書」。わが子をさりげなく殺そうとする父親。が、息子はそれを察知していたー「鬼畜」。日常のちょっとした躓きがその後の運命を大きく変えた世にも怖ろしい六つの結末。
著者が「愉しさを第一に」取り組んだ傑作時代小説。徳川家斉が大御所として君臨する天保十一年、絢爛たる吹上の桜見の会で奥女中らが注視する中、事件は起こったー。家斉が寵愛する中臈と背後の黒幕石翁。彼らの追い落としを謀る水野忠邦一派。両者の罠のかけあいを推理手法で描き、権力に群がる矮小な人間の姿を炙りだす。
大奥女中と法華宗僧侶の乱れた性の証拠を掴むべく、密偵として大奥に忍び込んだ齢十九の登美に魔の手が迫る。部屋住みの三男坊、新之助が大胆に敵を翻弄し、事態はますます息をもつかせぬ大攻防へ。両陣営に犠牲者が続出。そして、衝撃的な結末はー。全てを見届けた新之助の目には儚い陽炎が揺れていた。
昭和8年。東京近郊の梅広町にある「月辰会研究所」から出てきたところを尋問された若い女官が自殺した。特高課第一係長・吉屋謙介は、自責の念と不審から調査を開始する。同じころ、華族の次男坊・萩園泰之は女官の兄から、遺品の通行証を見せられ、月に北斗七星の紋章の謎に挑む。-昭和初期を雄渾に描く巨匠最後の小説。
昭和8年の暮れ、渡良瀬遊水池から他殺体があがった。そして、もう一体。連続殺人事件と新興宗教「月辰会研究所」との関わりを追う特高係長・吉屋謙介と、信徒の高級女官を姉に持つ萩園泰之。「『く』の字文様の半月形の鏡」とは何か?背後に蠢く「大連阿片事件」関係者たちの思惑は?物語は大正時代の満洲へと遡る。未完の大作。
人別書きを持たずに故郷を出奔した者に就く職はない。無宿者は江戸制度の谷間であったー。賭場の喧嘩で八丈島へ流され、赦免船を待ちわびる忠五郎、牢の火事で思わぬ自由を得た平吉、佐渡から島抜けを図る新平、入墨を暴かれて堅気の暮しを失う卯助など、自由と公正を渇望する男達を描いた傑作時代短篇集。
江戸幕府の頽廃の翳は、日本橋界隈の商人たちの一見平穏な暮らしをも蝕みはじめていた。惨殺死体が真実を暴く『大黒屋』をはじめ、捕物帳の形を借りた六編の物語は、爛熟の気配色濃い風俗の陰に生まれる不気味な犯罪のからくりに鮮やかな推理の光をあてる。仮借ない世相のなかの庶民のせつない生活感と憐れな人情。ミステリーの巨匠が、的確な時代認識をふまえて描いた時代推理小説の傑作。
森鴎外の小倉在住時代の足跡を、十年の歳月をかけてひたすら調査する田上耕作とその母。はかばかしい成果は得られず、病、貧困に一層落ち込んでいくー「或る『小倉日記』伝」。自らの美貌と才気をもてあまし日々エキセントリックになる、ぬい。夫にも俳句にも見放され、死だけが彼女をむかえてくれたー「菊枕」。人間の孤独を主題にした、巨匠の代表作。
昭和27年、日航機「もく星」号は伊豆大島の三原山に激突、全37名の命が奪われた。その時、米人パイロットと米軍管制官の間にどんな交信がなされたのか。全員救助の報が絶望に変わる一夜の間に、米占領軍で何が画策されたのか。犠牲者のひとり、ダイヤ密売の美女は何者なのか。世を震撼させた事件の謎にせまり、「40年目の真実」を明らかにした、巨匠最後の渾身作。