著者 : 田久保英夫
濃密な血の呪縛、中上文学の出発点「岬」(芥川賞)。男と女と日常の不穏な揺らめき「髪の環」。不幸の犠牲で成り立つもの「幸福」。流される僕の挫折と成長「僕って何」(芥川賞)。言葉以前の祈りの異言「ポロポロ」。垢の玉と生死の難問「玉、砕ける」。少年を襲う怪異の空間「遠い座敷」。文学は何を書き試み、如何に表現を切り拓いてきたのか。シリーズ第一巻。
暴流。自分も刻々、瞬きする間もなく過ぎる時間とともに、命の暴流の中にいる。ここでなにをしているのか。若く、異様な激しさを潜めた娘に執着し、しかも相手に大した支援も保障もせず、こっそり家庭を保っている。その渇愛と欺瞞の底に、沈んでいる。小説家の中には破天荒に生きた祖父の血が流れていた。著者渾身の長編小説。
実父と兄が対立する社内抗争に巻き込まれた晴生は、社を去らざるを得なくなるが、老いてなお盛んな実父はさらに晴生をその勢力下にからめとろうとする。奔流に逆らいながらも流されていく彼は、頽廃を秘めた年上の女性新聞記者や一途に思いつめる娘との恋愛に、動揺と安らぎを覚えつつ、老造型作家の世界に強く魅かれていく…。現代をみつめ、生の真実を問いかける、長編青春小説。
妻子と別居中の男は宗子という女と暮している。女は海に憑かれた元海軍少尉の父親から精神的に独立できないでいる。男・女・父親ー各々の微妙で危うい関係は、7篇の短篇に鮮やかに抽出され、時間の経過とともに揺れ、やがて一つの長篇に固着する。画期的連環小説の手法で家族の崩壊、愛の変容、人生の内面を浮彫りにする。読売文学賞受賞作。
裕福に暮らしながら、建築設計士の夫を裏切り若い男と密通する房子。事件の処理をまかされ、話をつけるため京都を訪れた雄三は、「大文字」の送り火の激しいゆらぎのなかに、嫂・房子への不思義な罪の共犯意識を覚えはじめる。家庭の秩序を超えてまで房子が求めようとしたものは何か?罪障を償うことも許されぬまま生きる人間の姿を描く会心作。
医家の次男で法律を学びフェンシング部に所属する青年は、五年前に母親を失う。今や若い義母が家に君臨している。青年は彼女のいちいちの言動や振舞いに言い難い疼きをおぼえる。やがて義母と通じたことが父に知られ、対決の時がおとずれる。青年は自らの出生の秘密を訴えて父を詰り、緑が氾濫する早朝に家出を敢行する。青春期の真只中にいる若者を行動に駆りたてるものは何なのか?一青年の内面と行為を活写する!