著者 : 高村薫
車もめったに通らぬ山奥の寒村。いつも郵便局兼集会所に集まるのは元村長、元助役、郵便局長、キクエ小母さんの老人四人組。一見、退屈極まりない村だが、怪しげな気球アーティストや保険外交員の娘に始まり、果てはタヌキほか動物たちがやってきては騒動を巻き起こす。「日本の田舎」から今を描く、痛烈なブラックユーモア小説。
クリスマスイヴの朝、午前九時。歯科医一家殺害の第一報。警視庁捜査一課の合田雄一郎は、北区の現場に臨場する。容疑者として浮上してきたのは、井上克美と戸田吉生。彼らは一体何者なのか。その関係性とは?高梨亨、優子、歩、渉ーなぜ、罪なき四人は生を奪われなければならなかったのか。社会の暗渠を流れる中で軌跡を交え、罪を重ねた男ふたり。合田は新たなる荒野に足を踏み入れる。
井上克美、戸田吉生。逮捕された両名は犯行を認めた。だが、その供述は捜査員を困惑させる。彼らの言葉が事案の重大性とまるで釣り合わないのだ。闇の求人サイトで知り合った男たちが視線を合わせて数日で起こした、歯科医一家強盗殺害事件。最終決着に向けて突き進む群れに逆らうかのように、合田雄一郎はふたりを理解しようと手を伸ばすー。生と死、罪と罰を問い直す、渾身の長篇小説。
東京の大学を出て関西の大手メーカーに就職し、奈良県は大宇陀の旧家の婿養子となった伊佐夫。特筆すべきことは何もない田舎の暮らしが、ほんとうは薄氷を踏むように脆いものであったのは、夫のせいか、妻のせいか。その妻を交通事故で失い、古希を迎えた伊佐夫は、残された棚田で黙々と米をつくる。
雨の下でにわか農夫はじっと息を殺し、晴れれば嬉々として田んぼへ飛び出す。大宇陀の山は今日も神武が詠い、祖霊が集い、獣や鳥や地虫たちが声高く啼き合う。始まりも終わりもない、果てしない人間の物思いと、天と地と、生命のポリフォニー。
ドイツを中心としたヨーロッパ各地に伝わる昔話をグリム兄弟に語ったのは、数多くの女性たちだった。本書はグリム兄弟の残した物語の中から有名な十一編を選び、原書に基づいたお話を、高村薫、松本侑子、阿川佐和子、大庭みな子、津島佑子、中沢けい、木崎さと子、皆川博子という現代女性作家八名が語り部となり再話したユニークな一冊。十九世紀ヨーロッパでグリム童話の普及に一役買った「一枚絵」を中心に、十九世紀〜二十世紀前半に描かれた挿絵の数々も、ふんだんに掲載。さらに四名の文学者によるエッセイ、明治時代に日本語訳された「おほかみ」も収録。
遙かな洋上にいる息子彰之へ届けられた母からの長大な手紙。そこには彼の知らぬ、瑞々しい少女が息づいていた。本郷の下宿屋に生まれ、数奇な縁により青森で三百年続く政と商の家に嫁いだ晴子の人生は、近代日本の歩みそのものであり、彰之の祖父の文弱な純粋さと旧家の淫蕩な血を相剋させながらの生もまた、余人にはない色彩を帯びている。本邦に並ぶものなき、圧倒的な物語世界。
両親を失った晴子は福澤家で奉公を始める。三男二女を擁する富と権力の家ーその血脈は濁っていた。やがて運命に導かれるように、末弟たる異端児淳三と結婚する。一方、母の告白により出生の秘密を知った彰之は、苛酷な漁に従事しながら、自らを東京の最高学府から凍てつく北の海にまで運んだ過去を反芻する。旅の終りに母子が観た風景とは。小説の醍醐味、その全てがここにある。
異質さゆえ、互いから目を逸らせぬまま成長した幼馴染は、それぞれの足で大阪から東京へと辿りついた。八月二日夕刻、合田雄一郎警部補は電車から女性の飛び込みを目撃する。現場より立ち去ろうとしていた佐野美保子との一瞬の邂逅。欲望に身を熱くした。旧友野田達夫との再会は目前に迫っていた。合田、野田、美保子、三人の運命が、溶鉱炉の如き臙脂色の炎熱の中で溶け合ってゆく。
野田達夫を次第に追いつめてゆくのは工場での果てなき労働、そして不眠…。一方、合田雄一郎は佐野美保子を欲するあまり、常軌を逸しはじめた自分に気付く。十八年前に分かれたはずの人生が、なぜ再び交わってしまったのか!意志もなく踏み出された数歩。生命を失った物体が深夜にごろりと転がった。一睡もできぬほど暑い夏の出来事だった。照柿ーそれは断末魔の悲鳴の色。
「人生の大きさは悔しさの大きさで計るんだ」。拍手は遠い。喝采とも無縁だ。めざすは密やかな達成感。克明な観察メモから連続空き巣事件の真相に迫る守衛の奮戦をたどる表題作ほか、代議士のお抱え運転手、サラ金の取り立て屋など、日陰にありながら矜持を保ち続ける男たちの、敗れざる物語です。深い余韻をご堪能ください。
1992年冬の東京。元IRAテロリスト、ジャック・モーガンが謎の死を遂げる。それが、全ての序曲だったー。彼を衝き動かし、東京まで導いた白髪の東洋人スパイ『リヴィエラ』とは何者なのか?その秘密を巡り、CIAが、MI5が、MI6が暗闘を繰り広げる!空前のスケール、緻密な構成で国際諜報戦を活写し、絶賛を浴びた傑作。日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞受賞。
CIAの『伝書鳩』とともに、父の仇である『リヴィエラ』を追っていたジャック。複雑怪奇な諜報機関の合従連衡。二重・三重スパイの暗躍。躍らされる者たち。味方は、敵は誰か。亡命中国人が持ち出した重要書類とは?ジャック亡き後、全ての鍵を握るピアニストは、万感の思いと、ある意図を込めて演奏会を開く。運命の糸に操られるかのように、人々は東京に集結する。そして…。
銀行本店の地下深く眠る6トンの金塊を奪取せよ。大阪の街でしたたかに生きる6人の男たちが企んだ、大胆不敵な金塊強奪計画。ハイテクを駆使した鉄壁の防御システムは、果して突破可能か?変電所が炎に包まれ、制御室は爆破され、世紀の奪取作戦の火蓋が切って落とされた。圧倒的な迫力と正確無比なディテイルで絶賛を浴びた著者のデビュー作。日本推理サスペンス大賞受賞。
それは一発の銃声から始まった。15年前、大阪の町工場で母を撃った男はどこに?吉田一彰はその男・趙文礼をさがしていた。公安の田丸もまた趙を追っていた。ある夜、キタのクラブに現われた趙に中国語の電話がかかり、直後銃声が轟いた。そして、その時から一彰は、裏社会に生きる男たちの非情な闘いにのめりこんでゆく…。
軍事施設なみの防護網。完璧にシールドされたコンピュータ制御機器。「不可能」のハードルを越えると、またひとつ「不可能」が二人の前に立ち塞がった…。超話題作『黄金を抱いて翔べ』から1年。高村薫は持ち前の科学知識を総動員して、原子炉に狙いを定めた。比類なきクライシス小説千枚。巨大な構築物に素手で立ち向かう男たちの、見果てぬ夢がここにある-。
コンピュータで制御された鉄壁の防護システムの向う側に眠る6トンの金塊、しめて100億円-。地下ケーブルが、変電所が黒煙をあげ、エレベータは金庫めざして急降下。練りに練った奪取作戦の幕が、いよいよ切って落とされた。メカ、電気系統、爆薬等、確乎たるディテールで描く、破天荒無比なサスペンス大作。日本推理サスペンス大賞受賞作。