著者 : 鳥越碧
言うまでもなく北原白秋は、明治・大正・昭和にわたり詩人、歌人、民謡作家、童謡詩人として活躍したマルチの文芸家。この鳥越碧さんの小説は、創作における苦悩の軌跡を縦軸、三人の妻との愛憎を横軸にして、その文学者白秋の生涯を追ったものです。白秋は明治18(1885)年、福岡県柳河(現・柳川)の造り酒屋の跡取りとして生まれました。早くから文学に目覚め、中学卒業を前に、文学を一生の仕事にすると決意して東京に出奔、早稲田大学に入ります。『明星』の与謝野鉄幹、晶子、石川啄木、木下杢太郎らと親交を結ぶ中、次第に詩人として頭角を現わし『邪宗門』で世の寵児となりますが、経済的には実家が倒産し、苦境に陥ります。そんなとき出会ったのが、隣家の人妻、松下俊子でした。彼女と愛し合うようになった白秋は、俊子の夫から姦通罪で訴えられて拘置され、仕事も名声も失います。二人は一度は別れますが、やがて再会して結婚。しかし結婚生活はうまくいかず離婚、白秋は経済的のみならず創作の面でも行き詰まります。そんな中、『青鞜』に勤めていた江口章子(あやこ)と知り合い再婚、心の安定を得ます。尽くす章子に支えられながら童謡の仕事を始めた白秋は、ようやく窮乏生活から脱しますが、自宅を新築した地鎮祭の夜、なぜか章子は雑誌編集者と駆け落ちをしてしまいます。三度目の妻は佐藤菊子。子供にも恵まれ、ようやく安らかな家庭を得ましたが、すでに詩歌壇の大御所となった白秋は、文学的苦悩からしばしば感情を爆発させるようになります。誰からも怖れられて距離を置かれ、糖尿病から視力も奪われ、孤独感を募らせる中で白秋は昭和17(1942)年、58歳で世を去ります。著者・鳥越碧さんは平成2(1990)年に、尾形光琳の生涯を描いた『雁金屋草紙』で第1回時代小説大賞を受賞、その後も多くの作品を世に問うてきたベテラン作家で、その練達の筆で白秋の苦闘の実相に迫ります。
石川啄木の死の1年後、同じ肺結核で死の床にある妻の節子の回想で始まる小説で、全編を節子の視点で描き、二人の錯綜した愛を掘り下げます。互いに14歳のときに出会い、結婚し、故郷を追われて漂泊し、貧窮の中で生きた二人。27歳で若き命を散らす啄木の生涯に重ねて、節子の救われ難く見える一生にスポットライトを当て、その心情に寄り添います。これまで節子は、世に埋もれた天才歌人を支え続けた健気な妻と言われてきましたが、果たしてそれが本当の節子の姿だったのだろうか、という思いが作者・鳥越碧さんの執筆動機です。確かに節子は、結婚後も短期間しか一緒に暮らせず、啄木からの仕送りもわずかで、彼の母らと共に貧乏のどん底に突き落とされます。啄木が釧路に単身赴任して芸者とわりない仲になったときには、煩悶し嫉妬もします。ようやく東京で同居できるようになったときも、すさまじい嫁姑の諍いを起こし、社会主義へと走る夫からも取り残され、孤独感をつのらせます。ついには、極貧の中、自ら結核を患います。しかし、明治という時代に、初恋を貫き、親の反対を押し切って夢を追う無職の夫に嫁いだ節子です。自分の意志をしっかり持った女性であったに違いありません。そうであればこそ、姑とも激しく対峙し、親身になって相談にのってくれる夫の親友、宮崎郁雨に揺れる心をも制御できたのではないか。夫婦に溝が生じ、愛が冷めたかのように思えたときも、夫の看病を通じて静かに心を通わせることができたのではないか。たとえ世間的には不幸に見えたとしても、彼女にとってはキラキラとした誇らしい一生だったのではないか、というのが作者の節子への思いです。死の床で節子は一生を振り返ります。そして、最後に頷きます。後悔はしていない、誰でもない自分の意志で、己の一生を生き切ったのだからと。『雁金屋草紙』で第1回時代小説大賞を受賞した作者の、究極の愛を描く渾身の力作です。
豊臣秀吉が朝鮮を攻めた文禄の役。後に萩焼の祖となる李勺光は、そのとき朝鮮で捕まり日本に連れてこられた陶工だった。その際、秀吉の命で毛利家がその身を預かることになる。茶器が戦国武将たちに珍重されていた当時、毛利家では彼の造る焼き物を国の特産品とすべく、勺光を捕虜としては別格の待遇で迎えようとした。朝鮮での戦いで夫を亡くしたばかりの志絵を世話係に任命したのだ。志絵は毛利家・三美人の一人と言われ、夜伽も務めなければならないその任命に屈辱すら感じるが、武家の娘として従容と受け入れる。それから、志絵の煩悶がはじまる。毛利家中と勺光をつなぐ連絡係を務める青年武士・弘太郎に一目惚れしてしまったのだ。作品作りに打ち込む陶工と、若き家人との間で揺れ動く志絵の心。時代も大きく動き、関ヶ原の合戦で敗れた毛利家は、八ヵ国から二ヵ国に大幅減封され、勺光の窯場も萩の地へ移動を迫られるが……。
文豪・谷崎潤一郎に愛され、当時世間の羨望の的になった、妻・松子。「春琴抄」や「細雪」のモデルにもなった彼女は、谷崎の理想の女性であり続けようとした。その生涯は、本当に幸せだったのだろうか?愛と芸術の狭間の煩悩を鋭く描く、恋愛小説。 文豪・谷崎潤一郎に愛され、当時世間の羨望の的になった、妻・松子。「春琴抄」や「細雪」のモデルにもなった彼女は、谷崎の理想の女性であり続けようとした。 その生涯は、本当に幸せだったのだろうか? 愛と芸術の狭間の煩悩を鋭く描く、恋愛小説。 一章 美少女 二章 御寮人さん 三章 仮衣 四章 相聞歌 五章 隠れ里 六章 内縁の妻 七章 縺るる糸 八章 戦雲 九章 谷崎夫人 十章 落陽 十一章 寂 あとがき
正岡子規の妹・律は、幼いころ「私は兄さまのお嫁さんになるんよ」が口癖だった。実際、二度結婚し、二度とも離婚して実家に戻る律。やがて、脊椎カリエスを病み、激痛にのたうちまわりながら仕事を続ける子規の闘病生活を、彼女は命を燃やすかのような献身的な看病で支える。壮絶な兄妹愛を描く傑作長編! 一章 幼き日 二章 嫁ぎて 三章 離縁 四章 惑ひ 五章 根岸にて 六章 従軍記者 七章 桜舞う 八章 介護 九章 逝く雲 あとがき
悪妻として知られる夏目漱石の妻・鏡子。潔癖症の漱石と、おおらかだが大雑把な鏡子の夫婦生活は、船出から食い違い、英国留学を経て重度の神経症を得た漱石との暮らしは大波に揺れる。鏡子はなぜ悪妻と呼ばれたのか? 二人はどうして別れなかったのか? 余人には窺い知れない夫婦の絆を妻の視点で描く。(講談社文庫) 妻・鏡子の目から描く、戦場そのものだった夫婦生活。 それでも別れなかった二人の心の機微。 文豪の妻はなぜ悪妻と呼ばれたのか 悪妻として知られる夏目漱石の妻・鏡子。潔癖症の漱石と、おおらかで大雑把な鏡子の夫婦生活は、船出から食い違い、英国留学を経て重度の神経症を患った漱石との暮らしは大波に揺れる。鏡子はなぜ悪妻と呼ばれたのか? 二人はどうして別れなかったのか? 余人には窺い知れない夫婦の絆を妻の視点で描く。 どれが自分たち夫婦の真実であったのだろうか。 自分にとっては真実であったとしても、金之助には果して真実であったかどうか。夫婦の真実など、この世には存在しないものなのかもしれない。夫婦とは何なのだろう。もっとも近くにいて、もっとも遠い存在なのか。--<本文より> 序章 一章 妻となりて 二章 英国は遠く 三章 かけちがひ 四章 「妻は?」 五章 別れ 終章 あとがき
天保一四年、新島襄は上州安中藩江戸屋敷詰の祐筆の家に生まれる。尊皇攘夷運動の中、西洋文明に触れてアメリカへの密航を決意する。他方、八重は会津藩の砲術指南役の家に生まれる。藩主・松平容保が京都守護職に任ぜられ、鳥羽伏見の戦いが勃発する。-日本を文明国に変えるために単身渡米した襄。会津城で銃を取り最後まで戦った八重。後にキリスト教精神に基づく私立大学創設という形で実を結ぶそれぞれの人生は、じつはまったく別々のレールの上にあった。
「染」と「織」に一意専心の思いを込めた人々が紡ぎだす、清廉な愛の旋律。加賀友禅、結城紬、有松絞、仙台平、鍋島更紗、佐賀錦、小千谷縮、久留米絣-今も残る伝統工芸の歴史に刻まれた男女の愛と生きざまを、情感豊かに描いた時代小説集。
自分を囲っていた男が危篤になったときに抱く熱い恋心、年若の同僚に躰をゆだねられない切なさ、夫の不義を許してしまった妻の寂しさー。曲がり角で愛に揺れる女性たちの心の襞を描いた、八つの連作集。
艶やかな黒髪、すき透る白い肌、もの言いたげに光る瞳ー美しい女人に成長した許子は、少女の頃から憧れていた皇子たちと恋におちる。幼い日の秘密が匂う甘い恋に始まる、「浮かれ女」の華麗な恋の遍歴。夫や子供を持ちながら、恋人たちとの愛の姿を熱くうたいあげた官能の歌人、和泉式部の生涯を描く長編。
藤原道長と二人妻の波乱の生涯。権勢をほしいままにした道長が、唯一、その愛を得ることに苦悩した美貌の女・明子(めいし)。正妻・倫子(りんし)を加えた三人の愛の交錯。絢爛たる王朝絵巻の中に描き出す書下ろし長編歴史小説。
奈津が奉公先雁金屋の次男光琳と出会ったのは光琳八歳、奈津十歳のときだった。早くも逸材の片鱗を見せる光琳に奈津は胸をときめかすが、それは果たせぬ恋の始まりだった。尾形光琳・乾山兄弟の間で揺れる女ごころ。京の大呉服商雁金屋を舞台に展開する絢爛豪華な時代絵巻。第一回時代小説大賞受賞作。