出版社 : 文藝春秋
獣はいるのか。ほんとうに、自分の内部で生き続けてきたのか。私自身が獣だった。昔はそうだった。私の内部の獣が私になり、私が獣になっていた。ハードロマン衝撃作。(生江有二)
はじめて白髪を見つけたのは、いくつのときだったろう。骨身をけずり、果てにむかえた四十の坂。残された日々は、ただ老い朽ちてゆくばかりなのか。…家は闇のように冷えている。心通じぬ妻と、放蕩息子の跡取りと。紙商・小野屋新兵衛は、やがて、薄幸の人妻丸子屋のおかみおこうに、果せぬ想いをよせてゆく。世話物の名品。
浮世絵の祖は、菱川師宣といわれている。しかし、近年の研究によれば、岩佐又兵衛こそ桃山期の風俗画と江戸期の浮世絵の橋わたし役をはたした可能性がきわめて高いとかんがえられるようになった。いや、浮世絵そのものの元祖かもしれぬのだ。又兵衛は信長に反逆した武将荒木村重の遺子である。母は京の六条河原で信長に磔にされたが、又兵衛はあやうく難をのがれ、本願寺教団にかくまわれて絵師として成長する。のちに越前北ノ庄の藩主松平忠直に招かれ、ここに定住して数々の傑作を生む。
東京・大阪を深夜走る「銀河」の乗客が次々に殺された。容疑者は十津川警部の大学の同級生。窮地に追い込まれた知人を救おうと、十津川は同じ列車に試乗する。(新保博久)
大阪は通天閣の下、しがない芸人の集り住む一郭があった。時代の波にとり残され、二度と陽の目を見ることのあろうとも思われなかった82歳と55歳の漫才コンビに、一度だけ華やかなテレビのスポットが当てられる。身を寄せあって生きていく善意の人々の哀歓をしみじみと描いた第91回直木賞受賞作。
「中絶手術は、戦後最大の産業であり、今日の繁栄は、ひとえに産婦人科医のおかげ」という説も生まれる中絶天国・日本。その数は三千五百万、大韓民国一国分くらいの人口を抹殺したことになる…中絶は果して悪か?湘南の小さな産婦人科医院を舞台に展開されるさまざまなドラマを通して真の生命の尊厳を訴える衝撃の問題作。
野山獄に幽閉されていた吉田松陰にほのかな恋情を寄せる年上の女囚高須久子の目を通して、新しい松陰像を描く表題作、長州藩の犠性となって切腹させられる3家老の三様の死にざまを描く「見事な御最期」、井上聞多暗殺未遂事件にまつわる数奇な物語「刀痕記」など情感に満ちた維新の青春像を描く歴史小説の好著。
十五歳で木下藤吉郎(のちの秀吉)に仕えた虎之助(清正)は、股肱と頼む肉親の少い秀吉の重用に応えて、山崎、賎ケ嶽はじめ数々の合戦に名をあげ、ついに肥後の太守となった。小田原城を陥した秀吉を出迎えて、清正はともに故郷中村に錦を飾る。翌天正19年、太閤となった秀吉は朝鮮出兵を決意し、清正と小西行長に先鋒を命じた。
秀吉の死によって朝鮮出兵は不毛のうちに終る。清正・行長の間に根深い対立を残しただけだった。武断派と文治派を代表するその対立は、関ヶ原の勝敗を分ける決め手ともなり、世は徳川氏のものとなった。慶長16年、家康と秀頼の対面が無事終るのを見届けた清正は領国熊本でその生を終える。大阪夏の陣はその僅か4年後だった。