1991年9月発売
「赤頭巾ちゃん」は“おおかみなどは敵と思いなさい”と差別を教え、「ホレおばさん」は“文句をいわず、いわれたままに働けば幸福になれる”と服従をすすめる。グリム童話は人々に夢をはこぶが、それと同時に保守的な側面を持っている。グリム童話の伝承や収録にはどんな歪曲や誤解がひそんでいるのか?本書は14篇の有名なグリム童話をまな板にのせて「新しい」読み方を示しつつその「真相」に迫る。
シティ選出の下院議員が死体となって発見されたのは七月深夜のこと。事故死であることは明らかと見えたため、検視解剖の手続きは省略されたが、葬儀当日、担当検視官のもとに一通の書簡箋が届くー。“われらが下院議員殿。あれはほんとうに事故だったのだろうか?”様々な思惑入り乱れる中、密命をうけ調査を開始した市警察のブラッグ部長刑事とモートン巡査。時代ミステリ第二弾。
海辺の小さな町に、あのカーニヴァルがやってきた。十二年ごとにめぐりくる〈夏至〉のはじまりだ。巨人の靴が流れ着き、人魚のような生き物が釣りあげられ、ネズミの仮面をつけた小人が走り去る。それは〈夢の国〉が立ち現われる時間、そして少年たちの冒険の季節。過去と現在と未来がひとつになるとき、彼らは…。世界幻想文学大賞作家が贈る。現代マジカル・ファンタジィ。
至高神ゼルディンの血をひく一族が統治する黄金の国ガルキス。その磐石の治政が今ゆるぎつつあった。このとき大司教イゼドンは古来の予言に則り、まだ若き第三王子ケリシュに密命を授ける。太古にゼルディンと契約を交わし、不死を手に入れた七人の魔人から七つの鍵を手に入れよ、と。異母兄の従者フォロルキンと共に一路故国を後にした彼の行手には?ファンタジイ四部作開幕。
1941年、ついに太平洋にも戦火が広がり、合衆国潜水艦マコは、勇躍太平洋の荒波のただなかに乗り出した。めざすは日本帝国の商船そして帝国海軍連合艦隊だ。苦しい艦内生活に耐え、不良品の魚雷に苦労しながら、赫々たる戦果を上げるマコ。しかしその前に立ちはだかるものがあった。「教授」というニックネークを持つ水雷戦隊司令の日出木大佐。対潜水艦戦の達人である。ここに米潜水艦対帝国駆逐艦の決戦の火蓋が切って落とされる。
天下の大ドロボウにして正義の味方、ゴエモンが、誘拐されたゆき姫捜して、西や南の珍道中。頼りないけど憎めない相棒、えびす丸。風のような女の子忍者、やえちゃん。奇人発明家、源内さんなどなどの助けを借りて、得意の長ギセルで妖怪どもをビシバシ倒す。いったい、犯人はだれだ。
戦時中、仲間を敵軍に売ったのはだれだ?-頭部の負傷が原因で失われていた記憶が7年ぶりに戻ったとき、マーティン・シェインの胸中に軍役中の忌まわしい謎がよみがえった。裏切った可能性のある人物は3名。真犯人を突き止めてその命を奪うべく、シェインは雨と霧に煙る街で捜査を開始する。が、行手には恐るべき奸計が待ち受けていた。冒険小説の第一人者が放つ秀逸なサスペンス。
ポーランドでの商談に失敗し、失意のうちに帰国した英国人貿易商メイソンのもとに、ある朝、奇妙な客が訪れる。最近、重病で収容所から釈放された老科学者の回想録入手を依頼するものだった。脅しと法外な謝礼に目がくらんだメイソンは、冬のポーランドに飛ぶ。老教授の家でメイソンは意外な人物に出会う。同国出身で南米で活躍するノーベル賞受賞のコスカ神父だ…。メイソンとコスカに仕掛けられた悪辣な罠。猛吹雪の山中を逃げる2人に敵の魔手が迫る。
神としての決断はし易い。しかし神と人との狭間で決断することは難しい。あの英邁なる天武帝にしても、日嗣皇子の決定に過ちを犯しているのだ。そのためにどんなに犠牲になっていった者がいるか。草壁皇子と大津皇子の運命が、その決断によって分かれて行く。そんな中で、すまると昴皇子の対決は果てしなくつづいて行くのであった。
「サーレイハム・ジューダ!」邪術師シャルロが断末魔に放った一言がシオンのそして霊峰山の運命を変えていった。「法の霊士」の即位式の日、シオンはシャルロの言葉を確かめるため、懲罰士の警備をかいくぐり、首領に会うために霊峰山の奥へと進んでいった。しかし新任の「法の霊士」に見つかり、囚われる。即位の儀をけがした理由で、シオンは霊峰山始まって以来の厳しい処置“死刑”を宣告される。薬草で意識を奪われ、漆黒の神輿で処刑場に運ばれるシオンの運命は…。シリーズ完結編。
日本の黎明時代、大和の国を巡る戦を中心に、不思議な力を有する少女・美々花と、大王の血を引く青年・鷹彦が活躍する。大陸から、海の彼方から、彼らを襲う敵とは。史実と神話のはざまで、膨大な資料を駆使し、闇の中から著者がよみがえらせる遥かなる物語。古代史の裏側を探る超SF伝奇小説新シリーズ。
「テエベス百門の大都」と称えられた鴎外の教養は5歳からの漢学によって基礎を培われ、この幼学以来の漢学的素養の浩瀚が晩年の史伝の鴻筆に裨益したが、一方で鴎外は若き日から晩年に到るまで漢詩を能くした人でもあった。本書は、既にその漢詩に関する専著のある漱石に比しこれまで纏った言及の稀だった鴎外の漢詩を鑑賞評釈し、その漢学的素養と用語・師友にも及んだ初の研究書である。