1997年8月発売
ならず者の銀平は、山谷の茶屋女、お紋のヒモ。美人局で江戸を荒し回った挙げ句、長崎行きを思い立った。母親と自分を捨て長崎で海産物問屋を営む父親を強請ろうというのだ。一方、お紋にも当てがないわけではなかった。馴染みだった役人が確か長崎に行っているはずだ…。ニヒルな二人の腐れ縁を描く表題作等十一編。市井に生きる男女の愛欲を推理短編の手法で活写する時代小説集。
二百回忌はただの法事ではない!この日のために蘇った祖先が、常軌を逸した親族と交歓する、途方もない「一族再会」劇なのだ。二百年分の歪んだ時間の奥に日本の共同体の姿を見据えた表題作は第7回三島由紀夫賞を受賞した。他に、故郷への愛増を綴った「ふるえるふるさと」など、日本のマジック・リアリズムと純文学のエキスが凝縮された、芥川賞作家の傑作集。
都会の小さなマンションに住む三人の男女。彼らの時間は常に穏やかに流れ、そして猫とともにあったー。束縛や既成概念にとらわれることを嫌い、「猫のように」ふわふわと生きていく人々。そんな彼らの周りに起きる出来事や交わされる会話を、柔らかく、しかし芯の通った筆致で描いた中編二編を収録。『この人の閾』で芥川賞を受賞した著者の、猫に対する深い愛と洞察に満ちた一冊。
フランクフルトを発ったクワンタム航空66便のホランド機長は絶句した。心臓発作の急患を乗せたジャンボの緊急着陸が拒否されたのだ。患者があるウィルスに感染しているというのが理由で、管制との交信がCNNにすっぱ抜かれると、欧州各国は次次と66便を拒絶。そしてCIAの副長官ロスは66便をある陰謀に利用する…。
この物語、ほんとうは、子どもたちに聞かせるような話ではないのです…「ハンメルンの笛吹き」「ピノッキオ」「にんじん」-笑いとざわめきと官能にみちた物語の国を、夢み、旅する、長野まゆみの残酷童話集。
あらゆるコウインシデンス(偶然の一致)を書き留めた、略称「デンス手帳」を小脇に抱え、『ジェイムズ・ジョイス伝』と『ねこまた、よや』という二冊の本を読み進めながら、言語遊戯の“言海灘”を横断しつつ、「野」にわたる風のように人間の哀しみに触れる“私”の傑作長篇。
モーツァルトの子守唄が世に出た時、“魔笛”作家が幽閉され、楽譜屋は奇怪な死を遂げる-。その陰に策動するウィーン宮廷、フリーメーソンの脅しにもめげず、ベートーヴェン、チェルニー師弟は子守唄に秘められたメッセージを解読。一七九一年の楽聖の死にまつわる陰謀は明らかとなるか。85年度江戸川乱歩賞受賞作。
1935年11月。フェルナンド・ペソアは聖ルイス・ドス・フランセゼス病院で死の床に就いていた。苦悶の三日間、ポルトガルの偉大な詩人は、訪れたかれの異名たちと話を交わし、最後の遺志をつたえ、生涯の伴侶であった亡霊たちと対話を交わす。それはまるで妄想のなかの出来事。小説とも(架空のものだとはいえ)伝記ともみえる短篇の中で、アントニオ・タブッキは20世紀最大の作家のひとりの死を、やさしく情熱的に描いている。
圧倒的な物量。質的な凌駕。太平洋戦争中期以降の日本軍戦車隊は、米軍の機甲戦力の前に完膚なきまでに叩きのめされた。しかし、その悲劇を回避する方法がなかったわけではない。欧州やアフリカで戦車殺しの誉れも高いドイツの88ミリ高射砲を、太平洋戦争以前に日本軍も入手していたのだ。後はそれを自走砲化するだけで、太平洋の島嶼戦は一変するのである。
資産家老女の架空名義の銀行預金一億円を横領した男女銀行員。女子行員を巧みにあやつる男子行員、妻子ある彼との新しい生活設計を夢みる女子行員ー二人の愛の微妙な心理の揺れがやがて悲しい結末になっていく。男を信じようとして信じきれない女の運命を描く表題作など、卓絶したミステリー5篇。
おでん屋を経営する砂子には、結婚してもいいと思っている男がいる。ある日、店に見知らぬ女がやってきてー婚期を逸した女のはかない夢を描いた表題作の他、結婚をめぐっての親と子の心の行き違いをテーマにした「母の贈物」と、子のない老夫婦の哀歓を優しく見つめた「毛糸の指輪」の計三篇を収録。向田ドラマの小説化第4弾。
『わたしはFをどのように愛しているのか?』との脅えを透明な日常風景の中に乾いた感覚的な文体で描いて、太宰治賞次席となった十九歳時の初の小説「愛の生活」。幻想的な窮極の愛というべき「森のメリュジーヌ」。書くことの自意識を書く「プラトン的恋愛」(泉鏡花文学賞)。今日の人間存在の不安と表現することの困難を逆転させて細やかで多彩な空間を織り成す金井美恵子の秀作十篇。
文学に憧れて家業の魚屋を放り出して上京するが、生活できずに故郷の小田原へと逃げ帰る。生家の海岸に近い物置小屋に住みこんで私娼窟へと通う、気ままながらの男女のしがらみを一種の哀感をもって描写、徳田秋声、宇野浩二に近づきを得、日本文学の一系譜を継承する。老年になって若い女と結婚した「ふっつ・とみうら」、「徳田秋声の周囲」なども収録。
バージルシティの刑事スタンレーは美貌の警視ロスフィールドと肉体関係にある。ロスフィールドにはジン・ミサオという愛人がいた。精神科医のジンは、死者の記憶を読むという特殊な能力に悩むロスフィールドを護る存在でもあるのだ。美しき男たちの危険な三角関係に進展はあるのか-?そして、市内で発生した連続猟奇殺人事件の犯人は何者なのか-。
昭和四十三年十月十一日、東京プリンスホテルでガードマン射殺ー。次いで京都、函館、名古屋と、日本列島を震撼させた連続射殺魔・永山則夫。獄中で執筆した『無知の涙』、獄中結婚、そして死刑確定。これらを通して、永山則夫の“人間”と事件の全貌を鮮烈に描いた、ノンフィクション・ノベルの話題作。