著者 : トーマス・マン
高名な初老の作家アシェンバハは、ある日旅の誘惑に駆られ、ヴェネツィアへと旅立つ。そこで彼が出会ったのは、神のごとき美少年タジオだった。その完璧な美しさに魅了された作家は、疫病が広がり始めた水の都の中、夜となく昼となく少年のあとをつけるようになる…。官能の焔に灼かれて朽ちていく作家の悲劇を、美しい筆致で描いた文豪マンの代表的傑作。巨匠ヴィスコンティの名作映画原作。
まえがき 第 一 章 到 着 三十四号室 レストランで 第 二 章 洗礼盤と二つの姿の祖父のこと ティーナッペル家で。そして、ハンス・カストルプの倫理状態について 第 三 章 謹厳なしかめっつら 朝 食 からかい。臨終の聖体拝受。たちきられた上きげん 悪魔(Satana) 頭脳明快 一言失言 もちろん、女さ! アルビンさん 悪魔(Satana)ぶしつけな進言をする 第 四 章 必要な買いもの 時間感覚についての余談 フランス語の会話をこころみる 政治的にうさんくさい! ヒ ッ ペ 分 析 疑問と考察 食事中の談話 昂じる不安。二人の祖父のこととたそがれの船あそびについて 体 温 計 第 五 章 永遠のスープと突然の明るさ 「ああ、見える!」 自 由 水銀の気まぐれ 百科辞典 フマニオーラ 探 究 亡者の踊り ワルプルギスの夜 訳 注
第 六 章 変 化 さらに一人 神の国とうさんな救済 激怒。そして、もっとたまらないこと 攻撃失敗 精神的修錬(operationes spirituales) 雪 兵士として、それもりっぱな 第 七 章 海べの散歩 ペーペルコルン氏(Mynheer Peeperkorn) トゥエンティー・ワン(vingt et un) ペーペルコルン氏(つづき) ペーペルコルン氏(むすび) 無感覚という名の悪魔 楽音の泉 ひどくうさんなこと ヒステリー蔓延 青天の霹靂 解 説 トーマス・マン略年譜 あとがき 訳 注
一家の、かつての明るい健康な気風は徐々に頽廃的なものに変ってゆく。トーマスにとってとりわけ息子の繊細な心と弱々しい肉体は気がかりであった。少年はわが家の系図を見つけ、その末尾にある己れの名の下に線を引く、他愛ない悪戯心からだったのだが。
父の死後、トーマスは新社主として商会を引き継いだ。離婚する妹、身をもち崩す弟らを抱えながらトーマスは父祖の築いた一家の名声と体面を保ち、事業にも腕を揮ってやがて市の参事会員に選ばれた。一家の血は彼によって次代に伝えられてゆくかのようであった。
「ある家族の没落」という副題が示すようにドイツの一ブルジョア家庭の変遷を四代にわたって描く。初代当主は一八世紀啓蒙思想に鍛えられた実業家である。代を追うにつれこの家庭を、精神的・芸術的なものが支配し、次第に生活力が失なわれてゆく。
精神と肉体、芸術と生活の相対立する二つの力の間を彷徨しつつ、そのどちらにも完全に屈服することなく創作活動を続けていた初期のマンの代表作2編。憂鬱で思索型の一面と、優美で感性的な一面をもつ青年を主人公に、孤立ゆえの苦悩とそれに耐えつつ芸術性をたよりに生をささえてゆく姿を描いた『トニオ・クレーゲル』、死に魅惑されて没落する初老の芸術家の悲劇『ヴェニスに死す』。